第277話

 お風呂の準備を終えて机に戻った私は、一旦、図面を横に避けて手紙を書くことにした。

 レッドオラム支部統括、ゾラに宛てる手紙だ。さっきの魔物の件、冒険者ギルドなら影響が顕著に出ていて、既に認識しているかもしれないと思ったのだ。此処の支部には顔見知りが居ないし、唐突にそんなことを聞いても変な顔をされるだろう。だからまずは顔見知りであるゾラに手紙で聞いてみようってわけ。

 南の方で魔物が減ってるって噂を聞いたことを伝えた上で、南側の魔物関係の仕事が減っていないか、または冒険者が仕事を求めて別の地域に移動している傾向が無いかを尋ねる。何処かでまた特殊な魔法陣が敷かれている影響ではないかと懸念しているって言っておけば、教えてくれるかも。でもまあ、機密事項なら無理に教えなくていいよ、っと。

 前に聞いた感じだと冒険者ギルドは支部間で頻繁に連絡を取っているみたいだから、仕事の増減も各地で共有されているだろう。多分。ダメなら城から情報を吸い上げるとか、他の手段を考えるからまあいい。

 とにかく手紙は完成。明日少しギルドに寄って手紙を届けてもらおうっと。

 その後、全員がお風呂を済ませ、就寝時間が訪れても。私はまだ図面と向き合っていた。ただ、就寝時間が来ていることはちゃんと気付いていた。私がお風呂に入っている隙に、机の端に時計が置かれていたので。よく時間を失念して没頭しちゃう私に対して、これでちゃんと時間を確認しろと、暗に圧力が掛けられているのである。怖いお嬢様たちだ。しかし私はみんなを振り返って、自分を棚上げする言葉を告げた。

「そろそろ子供は寝る時間ですよー」

 四人はテーブルで談笑しているところだったけれど、私の言葉に応じて、揃って壁掛け時計を見上げた。可愛い。一斉に猫じゃらしを追う猫ちゃんみたいだった。

「はーい」

 私の言葉に応じて立ち上がったのは、ルーイとラターシャ。歯磨きをする為に二人一緒に洗面所へと消える。そして歯磨きを終えた二人がベッドに入っても、あと二人が立たない。子供じゃないから、ってことかな。素知らぬ顔で談笑を続ける二人に、苦笑を零す。

「ナディとリコも、程々にね」

「お互い様ね」

 柔らかい言葉だけに留めたけれど、ナディアから素っ気なく返される。まあね、本当に棚上げの言葉だもんね。でも無理に私に『付き合って』ほしくないから、眠くなったら眠ってねという念だけ送っておいた。言わなくても伝わっているだろうとは思う。

 結局その後一時間くらいはナディア達も起きていて、私が眠ったのは更に一時間後になった。でもやっぱりテントと建物内じゃ感覚が違うね。同じベッドの上でも、宿屋の方がゆっくり休める気がする。安心感もある。

 そうしてぐっすりと休めて迎えた翌朝。

 みんないつも通りに元気に起きて、身支度を整える。朝ごはんは、部屋で簡単に用意した。小さい流しと調理台だけは部屋に付いているから、簡単なものは部屋でも作れる。ただし火を起こせる場所は無い。かまども流石に部屋では出せないし、スープが付けられなかったのは悔しいな。夜の内に宿屋の共同厨房でスープくらい作っておけば良かった。温め直す程度なら、私の魔法でも充分に可能だし。明日からはそうしよう。

 この宿『ナーサリー』に食堂は付いていないけど、宿泊客なら自由に使える厨房があって、道具も貸し出している。この世界の宿屋って大体そんな感じ。レッドオラムは食堂も付いていたけど共同厨房もあったから、そこで何度かケーキを焼いた。

 さておき。朝食が済んだら、みんなでこの街を観光だ。

「ジオレンは、街の広さはレッドオラムと変わらない。でも人口密度はジオレンの方が三割減って感じかな。なんて、知ったような顔で話してるけど実はあんまり前情報が無いんだよね~」

 レッドオラムを発つ前に得ていた情報をみんなに語る。私が行き先を決める為に参考とした情報だね。ただ、あんまり時間が無かったので、出発直前じゃなく、日々の飲み歩きで聞き齧った程度の話だ。

「特産がワインだっけ?」

「そう。あと、ワインの元になる新鮮な果物も多く入るとか、……お、噂をすれば」

 会話しながら市場に入ると、一番、目立つ場所にある店の数々が、ブドウによく似た果物を店先に並べていた。ワイン樽とワインボトルも数え切れないほど積んである。

「ふふ。見てるだけで、楽しくなってきちゃうなぁ」

「買わないの?」

 機嫌よくそう言いつつも、ちらっと店を見ただけで足を進める私に、ルーイは不思議そうな顔をした。

「選び始めたらキリがないからね、後にするよ。観光優先!」

 収納空間があれば荷物が重いとかが無くて便利だが、時間は無制限ではない。まずは市場の中、何処にどんな店があるのかを確認しなくては。何より、女の子達がこの街で快適に過ごせるよう、市場に危険が無いかもきっちり見ないといけないからね。

「そんなこと言って。また女性を目で追ってるじゃない」

「いや、これは、あの、習性?」

「酷い習性……」

 ナディアのいつもの厳しい指摘はまだ良いが。ラターシャまで低い声で悲しいことを言う。だってさっきの子は可愛かったでしょ! そういうことじゃないな。ちゃんと周囲を確認します。市場の中は何処もそれなりに人が多くて、人目に付かない場所ってのは無さそうかな。整備も行き届いているし、怪しい場所は見当たらない。その辺り、危険察知に長けている三姉妹も同意してくれた。

「あらまあ、美人なお嬢さん方。この街は初めてかい?」

 不意に、店先から声を掛けてきた女性が居て、振り返る。私が足を止めたから、みんなも立ち止まった。いや別に、女性の声だったから止まったわけではない。呼ばれたから止まったんです。主張をするほど虚しいので、まあいい。

「うん、どうして分かったの?」

「単純に見ない顔だからさぁ。これだけ綺麗なお顔は一度でも見掛けりゃ覚えてるよ」

「あはは」

 笑うだけで流しておくが、まあ、私ら五人はやっぱり目立つよね、揃って歩いてたら特に、何の集団かなって顔をされる。レッドオラムでもそうだった。四人は勿論のこと、私も美人のはずだからね! 多分。元の世界ではそうだったけど、こっちの世界ではどの程度のレベルで美人なのか分からない。連れてる子らが綺麗すぎて混乱する。

 それはそれとして。声を掛けてくれた女性はブレンダさんと言うそうだ。ジオレンで生まれ育ち、小さな頃から今の店――どうやら日用雑貨のお店――を手伝っていたから、『見掛けない人』って思ったら大体、初めて来た人らしい。

「ワインが美味しい街って情報で遊びに来たんだ~。他にも何かお勧めは無いかな?」

 何にも知らない気儘な旅人だと言ってそう尋ねたら、ブレンダは可笑しそうに笑って、この街のことを教えてくれた。

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