第276話

 夕方深くなったら、みんなで近くの食事処に移動した。私達の夕食時間は一般よりやや早い為、難なく席を確保する。

 ギルド支部で「評判がいい」と言われるだけあって、確かに美味しい店だった。お肉料理の種類や味付けも豊富。量も多めだね。女の子達には厳しいみたいだけど、私が居る時だと残っても私が食べるので問題ない。私が不在の時は、残りを包んでもらって翌朝に食べてしまえばいいだろう。

「明日はみんなで街を見て回ろうか?」

「いいねぇ」

 最初の内は全員で行動して街を確認した方が安全だ。ギルド支部までの道はもう歩いているけれど、それだけじゃ危険な場所の確認までは出来ない。

 さておき、みんなが食事を終えても沢山食べたい私はまだ新しいお肉を追加して楽しく食事を続けていた。時々奇異の目が向けられるも、私の女の子達からではない。店員からだ。慣れろ。これからも私はこの店に来るぞ。

「――アキラ」

「ん?」

 不意に、隣に座っていたナディアが私の方へと身体を傾け、腕を引いた。何か耳打ちしようとしているのを察して、私も身体を傾けて彼女に耳を寄せる。

 しかし耳打ちはされなかった。私の耳まであと数センチってところに唇を寄せたのに、他の女の子三人から視線が集まったことに気付くと、そっと傍を離れて行ってしまう。

「……後にするわ」

「えー、二人で内緒の話~?」

 リコットの声は何処か不満そうでいて、且つ、揶揄う色も含んでいた。ナディアが眉を寄せる。

「違うわよ。此処でする話じゃなかっただけ。みんなにも話すなら、宿の部屋で良いから」

 気まずそうに言うのは可愛いけれど、今すぐ告げようとしたのにも理由があるんだろうと思ったのに。

「今じゃなくて平気なの?」

「ええ」

 心配な気持ちはあるものの、ナディアがそう言うなら、まあ良いか。本当に必要なら、ちょっと恥ずかしいくらいの気持ちは飲み込んで伝えてくるだろう。でも憂いが早く晴れるように、早く平らげて部屋に戻らなきゃ。――とは、思うんだけど。

「……おかわりしてもいい?」

「好きなだけ食べなさいよ。急ぎじゃないから」

 まだ食べたい。そんな気持ちでナディアをじっと見つめたら、呆れながらそう言ってくれた。良かったー。これとこれ、おかわりでー。店員さんに再び奇異の目を向けられつつも、追加注文した。みんなは笑ってた。

 さて。私が満腹になるまでそれから三十分が掛かったが。ようやく宿に帰ってきました。

「で、どうしてアキラちゃんと密談しようとしてたの?」

「変な言い方をしないで」

 最近、気付いたんだけど、ナディアって結構色んな人に揶揄われるよね。可愛い。リコットも可笑しそうにしながら肩を竦めてる。こっちも可愛い。ナディアはそれにやや怒った様子ながらも、一つ息を吐くだけで飲み込んで、真剣な表情で私を見つめた。

「食堂の端から聞こえてきた会話なのだけど。『南の地方の魔物が減ってる』『魔物が移動しているかもしれない』って」

 思ったより、不穏な話だな。「急ぎじゃない」の言葉通り、あの時すぐに教えてもらわなきゃいけない内容ではないけど、可能な限り早く伝えたくなったのは理解できる。

「『南』って大きなくくりで言うほどだから、一箇所じゃない減りなのかな」

「そんな口振りだったわね」

 かなり広い店だったし、ナディアがそれを聞き取った頃にはもう客の入りが多く、店内はざわざわとしていた。だからナディアが聞き取れたのもほんの一部だけで、全てではないようだ。ただ、少し聞き取った会話内容から察するに、話していた内の一人は少なくとも行商人で、南とこの街を行き来している。そして南側は魔物が減ってる気がしていることや、仕事仲間から「南下するほどに更に少ない」と聞いたと話していたらしい。その後、「何処かへ移動しているんじゃないか」みたいな予想の話に繋がっていたと。

「へぇ。面白い情報だね、良い現象か悪い現象かはともかく。早く耳に入ったことは幸運だ。ありがとう、ナディ」

「どういたしまして」

 あの食堂で『こっそり』伝えようとしたのは、人の会話を盗み聞いてしまったという引け目があったのと、魔物の異変に関する話は不吉なので、他の客に聞こえてしまったら申し訳ないと思ったからだろう。色々と納得した。そんなに考慮したのに揶揄われたことは可哀想だが、即座にリコットが「揶揄ってごめんなさい」って謝ってたので、まあいいだろう。可愛いな。同じ感想を抱いたんだな。

「うん。私の方でも調べてみるよ。もしまた似たような話を街で聞くことがあったら教えてね。ナディも、みんなも」

 締め括るように告げたら、女の子達が頷いてくれた。どのルートで、どう調べようかな。考え巡らせながら机に向かおうとして、足を止める。

「あ、でも。みんなは不安にならなくて良いからね。私と一緒なんだから」

 分かってると思うけど、一応、付け足しておいた。するとみんなが何故か可笑しそうに表情を緩め、リコットは「過保護」と言った。なんでよ!

「私は、いつも私達が怖くないようにって考えてくれるアキラちゃんが好きだよ」

「ルーイ! 私の天使!」

 嬉しくて思わず抱き締めたらナディアに睨まれました。だって、天使なんだもん、仕方ないよ、こんなに可愛いんだもん。とは言えナディアさんは怖いので、程々にして離れました。

「そういえば、そろそろ誰か、札の解除できた?」

 机に向かって少ししてから、お風呂の用意しようかなーって立ち上がった時に尋ねてみる。一斉にみんなが険しい顔をした。ああ、うん、答えなくて大丈夫です、分かりました。

「急いでないから、そんな顔しないで。でも『もうできる!』って思った人は言ってね、一度、お湯にする魔法札を使ってみてほしいからさ」

「はーい……」

 みんなの返事が元気ない! ごめんって!

 あれってそんなに難しいのか。ちょっと難易度を下げた方が良いかな。あんなに厳重にしなくても他の人が解くのは難しいだろうしなぁ。

 うーん、でももうちょっとだけ様子を見てから考えよう。勝手に難易度を下げても、怒られそうだからね。

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