第275話

「今日からしばらく、この街に滞在します」

 レッドオラムで作ってもらった、協力者カードを手渡す。受付のお姉さんはそれを見てすぐに頷いて、カードに記載の名前と番号のメモを取っている。

「ご滞在の場所はどちらになりますか?」

「まだ宿を決めてないんだ。紹介してもらえるかなぁ?」

「勿論です」

 お姉さんは爽やかな笑みを浮かべると、一つの冊子を取り出して、パラパラと確認をし始める。

「何かご希望はございますか?」

「んー、治安が良ければ価格は高くてもいい。美味しい食堂が付いてる、または近くにあると助かるね」

 私の告げる要望に頷きながら、またページを捲っていく。お姉さん、指先が綺麗ですね。何か特別な手入れをしていますか。隣にリコットが居るので、出てきそうな言葉を飲み込んだ。この人、一日に三十回くらいナンパされてそう。

「それでしたら、北東側にございます宿『ナーサリー』は、隣に警備隊の詰め所がございますので犯罪発生率が圧倒的に低い宿です。食堂は付いておりませんが、向かいの並びに三軒、個人経営の食事処があり、いずれも評判が良いですね。その内二軒は深夜までやっています」

「ふむふむ」

 食事処も警備隊が休憩で入ることが多いので、やはり治安はかなり維持されているらしい。確かにそれは良いね。私が居ない間でも女の子達が安全に食事できそうだ。

「もっと徹底的に安全をお求めでしたら、貴族の方も利用される南東の宿『ロンダム』でしょうか。価格は五倍以上になりますが、専用の警備が付いており、問題があれば即座に対応してもらえます。街中の護衛をお願いすることも可能です」

「ははは、流石は貴族様」

 簡単な外観の絵を見せてもらったが、お城みたいに豪華で煌びやかだな。安全なのは嬉しいけど、流石にそこを平民が押さえると逆に目立つかもしれないので、止めておこう。

「気楽で安全なナーサリーにしようかな」

「承知いたしました。紹介状をご用意いたしますので、少々お待ちください」

 お姉さんはそう言って、何か書いてくれている。ほお。そんなのもあるんだ。ギルドからの紹介があると一割引きなんだって。ギルドが身元を保証するみたいなもので、宿の人も信頼して泊められるから良いことみたい。そしてこの割引に応じてくれる宿は冒険者にこうして紹介もすることで客数も増えると。なるほどね。協力者って、思ったより生活の役に立つんだね。

 紹介状を受け取って、お礼を言ってギルド支部を出る。「もし宿に空きが無ければまたお越し下さい」と言われた。そうね、そういうこともあるよね。流石に離れた宿の空き情報まで、ギルド支部には入って来ないようだ。私の世界と違って、オンラインの情報共有システムが無いんだから仕方ないね。

 少々不安に思いながらも、カフェで待たせていたみんなを迎えに行って、真っ直ぐ宿屋『ナーサリー』へ向かう。幸い、すんなりと五人部屋が取れた。大部屋は最後の一部屋だったらしくてラッキーだった。寄り道せずに来て良かった。

「やっぱみんな一緒が安心するねー」

「アキラちゃんの見張りも捗るもんね」

 あ、そうですよねー。リコットの言葉の後に続いたラターシャの言葉に項垂れる。でもまあ、女の子達が安心できるなら理由が何でも良いですよ。ちょっと悲しいだけ。泣いてない。

「この街では、ワインが飲みたいんだっけ?」

「ワインも飲みたいし女の子にも出会いたいし本屋も行きたいね! あと、みんなの新しい服も買う」

「服はもういいよ……必要なら貰ってるお小遣いから買うから」

 私の主張にラターシャが呆れた顔で言うけれど、静かに首を振りながら「買い与える」と言い直した。そういうことじゃないんだ。

「自分で選んで買うところが目的っぽいから諦めよう、ラターシャ」

 笑いながらリコットがフォローしてくれた。そうです。女の子が私の思い通りの服を着てくれるという喜びは何にも代えがたい。奪われたら泣く。絶対にダメ。

「そういえば、女に服をプレゼントするのは、脱がせたいって意味だって聞いたことあるなぁ」

 ルーイさん!! 何処でそんな情報を仕入れてきたの!!

 っていうかこっちの世界でもそういうのあるんだねぇ。全ての世界で共通なのかなぁ。

「おかしな話だよね、可愛い服なんて着ててほしいものなのに脱がせるなんてね。そんなのいっそ、着せたままするよ」

「あぁ……」

 その時、ナディアが思わずと言った様子で声を漏らして、慌てて口を閉じていた。駄目ですよナディアさん。ちょっと前、ナディアの寝間着が可愛かったから着せたままで行為に及んだとか、そういうことを此処で言うのは。残念ながらリコットは察しちゃって、苦笑いしていた。ルーイとラターシャは首を傾けていたけれど、ルーイは分かっていて知らないふりをしたのかも。まあいいか。

「此処にも、レッドオラムみたいに長く滞在するの?」

「そのつもりで居てくれて良いよ。すぐに移動する理由は無いし」

 頷いてそう返しながら、みんなの荷物をぽこぽこと収納空間から出しておく。みんなも一つ一つ回収して、好きなように片付けていた。

「この部屋、机もあって良いねぇ」

 部屋には五つのベッドと寝具、少しの収納棚の他に、全員で囲める丸いテーブルと人数分の椅子、そして部屋の角に大きめの机があった。製図するのに便利そうだ。

「しばらくこれ、私が使っていい?」

「どうぞ。私達はテーブルがあれば困らないわ」

 すぐにナディアがそう返して、その言葉にみんなも頷いている。やったー。早速、机に上にばらばらと沢山の紙を出した。

「今日はもう自由で良いよ~。夕方にはみんなで食事しに行こう」

「はーい」

 あと二時間半くらい、製図して遊べそうだ。さっきのカフェで買ってくれたお土産のケーキを食べながら、照明魔道具の図面の仕上げをする。これもそろそろ完成なんだよな。大中小のサイズで考え始めちゃったら思ったより時間の掛かった図面達です。余計だった気もするが、個人的には満足している。

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