第274話_ジオレン
今日はちょっと小雨が降っていた。本降りになって地面がぬかるんでしまったら、サラとロゼの足に負担が掛かる。道が悪くなる前に少し急ごう――と私が思うより早く、雨が楽しくなっちゃったらしいサラとロゼがご機嫌に走り出す。待ちなさい、走れとは言ってない。幌馬車の中でまたみんながきゃあきゃあ楽しそうに笑ったが、私の尻が。
ところでルーイが一緒にお風呂に入ってくれた夜、三人一緒に寝るからってベッドを付けるように言うかと思ったけど、特にそういう要請は無かった。でもあの夜はルーイとナディアが一緒に寝たらしい。リコットは除け者だったの? そう聞いたらリコットに怒られた。その翌日はリコットが一緒に寝たんだって。順番だった。
何故三人で寝なかったかというと、誰が真ん中になるかでちょっと揉めて、決まらなかったのだとか。可愛い話だ。
さておき。楽しく走っていたサラとロゼのお陰で、雨が酷くなる前に目的地であるジオレンに到着した。私のお尻は三つ以上に割れる寸前だったので回復魔法を掛けた。
北側の入り口付近で一番高い預かり場所に、二頭と幌馬車を預かってもらう。ぼったくりじゃない限りは価格帯が高めの店が安心だ。契約書や受付の人に嘘が無いことをしっかり確認して、サラとロゼに一時的なお別れをする。
「大丈夫だよ、毎日ちゃんと顔を見に来るし、定期的にお散歩にも連れて行くからね」
二頭へと一生懸命に説明するけれど、まあ、どこまで伝わっているのかは知らない。とりあえず今日は一番高いご馳走を与えて下さいとお願いして、上乗せしておく。馬相手にめちゃくちゃ真剣に話し掛けていたので、頭のおかしい奴と思われた気もするが、大切にしている子達だと伝われば何でもいい。
「さてと。四人はちょっとそこのカフェで待っててくれる? 私は――」
「私が見張りに行きま~す」
リコットがぴょんと前に出る。アハハ。そうでした。忘れていたけど私は単独行動を許される立場ではなかったね。
「了解。私とリコは、此処のギルド支部にまず顔を出してくるから」
「二人の席も取っとく?」
「ううん、私達が戻ったらまず宿に行こう」
休める場所を確保するのが先決だ。ちょっとの差で良い部屋が取れなくて後悔したくないので。ただ、宿についてはレッドオラムの時と違って前情報を仕入れていない。どの宿が良いかをまずギルド支部で聞こうと思う。その為の最優先だった。
「あ、もし美味しそうなケーキがあったらお土産に買っといて~」
その場を離れようとしたら、リコットが付け足した。三人も笑いながら頷く。えー、それは私も欲しい。訴えたら「分かってるよ」とラターシャが苦笑いで返してくれた。わーい、ありがとう。
「ねーアキラちゃん」
「ん?」
並んで歩き始めてすぐ、リコットが私の腕に両腕を絡めた。腕を組んで歩くのが上手だね。ぴったりと引っ付いているのに邪魔にならない。感心しながらも、話し掛けてくる彼女へ先を促す意味で、首を傾けた。
「この間、私にくれたプレゼントさ」
「うん」
「どうやって見付けて、いつ買ってきたの?」
「あー」
思わず口元が笑ってしまったら、リコットも笑っていた。話していなかったけれど、別に隠すことでもない。私は経緯を思い返した。
「いや~元々は、適当に抜けて、買いに行こうと思ってたんだけどね」
例えばローランベルのおじいちゃんのとこに行って見繕ってもらうとか。お目当てのスキルが無いようなら他の店を紹介してもらうとか。手段は色々とあったんだけど。
「都合よく、王都に行くことになったじゃない?」
「あー、依頼。その帰りに寄り道したんだ?」
「そうでーす」
リガール草の魔法陣を消しに行く依頼の時、ついでに素材換金もお願いするから遅くなるかもーとだけ告げて、もう一つの用事を私は伝えなかった。
宮廷魔術師さんに「いい杖が売ってる店を幾つか紹介して」と聞き出し、彼らに案内させる形で四軒の店を回った。何処も上級貴族や宮廷魔術師の御用達って店だったせいか、貴重な杖が出るわ出るわ。選択肢が多いのは良いことだけど、一つに絞るのも大変だった。一生懸命に悩み、最終的にあの品を選んできたってわけ。でも悩む時間が長かったので帰りが遅くなっちゃったんだよね。
「すぐそうやってアリバイ工作する~」
「いや~あはは」
「アハハじゃないでしょ」
前に同じセリフをリコットに言った覚えがある。真似されてる。
しかし改めて指摘されれば、確かに隠すことじゃなかったなーと思うけど。何となく隠してしまった。これは癖だね。いや悪癖だね。いつ買いに行くかなんてまるで隠す必要も無いのに、結果的に私は『いつの間にか』用意していた。受け取った時から、ちょっと気になっていたらしい。
「来月はそういうのも気を付けないと、怖いからね」
「ナディね、怖いね……」
来月にはナディアの誕生日がある。このような意味の無い隠しごとやアリバイ工作を、リコットのように笑って流してはくれないだろう。はい、気を付けます。
「アキラちゃん、あれじゃない?」
「お、本当だ。ギルド支部、発見~」
街を縦断する中央通り沿いにあるってことだけ、レッドオラムのギルド支部で聞いていたが、正確な位置は知らなかった。適当に南下していたけど、すぐに見つかって良かった。やや北寄りにあるんだね。
「レッドオラムよりは、小さい?」
「だね」
扉を潜ってすぐ、こっそりとリコットが囁いた言葉に頷く。レッドオラムは冒険者ギルドが活発だってことだったし、他の支部より大きかったみたいだね。ジオレン支部は、半分以下のサイズだった。その分、人口密度は大体一緒だけど。
さて受付に行くか、と目をやると、三つある受付はいずれも数名が並んでいた。レッドオラムでは受付を使うことが無かったから気にならなかったが、そういえばレッドオラムでもいつも列があったな。人気だねぇ。私達も並びましょう。
一人一人にはあまり時間が掛からない。長くなるような内容は他の職員が連れて別の場所で対応する形式のようで、思っていた以上に列はすぐに進んだ。
「次の方どうぞ。ご用件を承ります」
人当たりの良さそうな受付のお姉さんがにっこり微笑んでくれる。やっぱり相手が女性だと気が和むねぇ。私もにっこり微笑み返した。
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