第269話

 言葉を選ぶみんなが可哀相なので、慌てて話題を切り替える。

「でも、魔法陣化できてるものは他にもあるよ! すぐに渡しておきたいのはこれ!」

 殊更、声を明るい色に変えて、また新しい魔法札を取り出す。炎の攻撃魔法は滅多なことで必要にならないだろうけど、こっちは必ず使えると思うんだ。

「三本ゆらゆらマーク」

「ふふ」

 炎のマークの代わりに、今度は違うマークが描いてある。ルーイがじっと目を細めて、上手に言語化していた。

「何のマーク?」

「お風呂!」

 日本ではお馴染み、温泉マーク。下の輪っかがお湯で、ゆらゆらは湯気だよって言ったら、みんなが「あー」って言った。伝わってくれた。

「お水を張った湯船にこれを使ったら、いつものお風呂と同じ温度になります。私の木風呂の大きさ以下なら全部オッケー!」

「あ~……アキラちゃんいっつも気にしてるもんね」

 リコットが苦笑いした。わざわざこの魔法を選んで開発した理由を、誰よりも理解してくれたみたいだ。

「私は温かいお風呂が大好きだからさ」

 だけど時々みんなにそれを用意してあげられない。城からの依頼で傍を離れる時や、反動で私が動けない時。どうしても、それが心苦しかったから。

「お湯にする魔法は幸いそんなに難しくなかったんだ。量産も苦じゃないよ。既に五十枚作った」

「流石にそんなに不在の日は無いでしょう」

 ナディアが呆れている。まあそうなんだけど、念の為ね!

「これを、馬車の下にある、あの木箱に入れるつもり。宿がある時は部屋に出しておくよ」

 馬車の座席下の棚。一つだけ入れてあった、木製の箱。こういう簡単な魔法札はその中にいつも入れておこうと思う。流石に攻撃魔法系は、それぞれに渡して収納空間で持っていてもらった方が良いけどね。解除方法を知らない他の誰かじゃ開けられないとは言え、生成が大変なので貴重なんです。何かの折に失くすのは辛い。

 嬉々として説明する私を一瞥して、ナディアが溜息を一つ。

「少なくとも一人は札の解除ができた方が良い、というのは理解したわ。みんな、練習しましょう」

 何だか思うところはありそうだけど、結局は長女さんがまとめてくれた。ありがと~! お願いします!

 その後、三十分くらい休憩してから馬車旅を再開した。みんな、馬車の中でもずっと練習してくれていたようだけど、その日の内に解除を成功したのは一人も居なかった。

 リコットは隠してるだけかもしれないと思ってこっそり聞いてみたものの、眉間に皺を寄せた渋い顔で「まだ」と短く返される。誰か一人が出来たら、お風呂の温めを魔法札でやってみてほしかったんだけどな。理論上は私以外でもちゃんと作動するはずなんだけど、まだ実験できていないので。だからこれを私は『魔法の実験』と最初に言ったのだ。

「そういえばレッドオラムでお風呂に籠ってたの、これ?」

「あー、うん、そう」

 そんなこと、ラターシャよく覚えているねぇ。って言ったら、全員が呆れた顔をして「覚えてるに決まってるでしょ」って言う。ありゃ。そんな一大イベントでしたっけ。うーん……まあいいか。

「さて、今日のお風呂が用意できたよ、ルーイ、入っておいで」

「はぁい」

 話題をさっさと変えてしまった私にナディアが何か言おうとしていたけど、リコットが宥めて結局何も言ってこなかったので、私は気にしなくて良いんだと思います。多分。後で言われるのかも。それは怖い。

 そうして順に女の子達がお風呂に入り、今は二番目のラターシャが出てきて、リコットが入って行った時。

「あれ?」

 自分の髪を自分の風生成で乾かしていたラターシャが、徐に首を傾けて声を漏らす。

「ん、どしたの、ラタ」

 私はテーブルで、いつも通り紙をいっぱい広げて製図をしていた。テントの中でやっても良かったが、夜の野営中だ。入浴中って無防備なので、みんなが不安にならないよう、用心棒はちゃんと傍に居るようにしている。

「いや……何でもない」

「そう?」

 変な顔をしつつも、ラターシャはそう言うだけで、何も打ち明けてくれない。悲しい。でもきっと本当に気になることなら、後からでも話してくれると信じよう。少なくとも他の子に。保護者は私ですが。いや、ラターシャが幸せなら何でもいいです。泣いてない。

 だけどその後リコットが出てきて、リコットとラターシャが二人で風生成をし始めてから、数分。

「やっぱり。ねえアキラちゃん」

「うん!!」

 元気よく振り返ったらちょっとびっくりされた。勢いを付け過ぎた。ラターシャがさっきの心配事っぽい何かを打ち明けてくれる気配に、前のめりになっちゃった。驚かせたことを「ごめん」と短く謝罪してから、「なに?」と柔らかく問い掛ける。

「解除の練習って、魔法の練習も兼ねてる? 生成が昨日までより明らかに楽になってるの」

「あー、なるほど?」

 そういう話か。何も深刻なことじゃなかった。安堵。

 私が腑抜けた顔になったのを不思議そうにされているが、改めてラターシャの言葉について考える。私もそんな影響が出るとは思っていなかった。

「魔力制御が上手になったら、魔力効率が良くなって、うん、魔力消費量が減るから、『生成しやすい』って感覚にはなるかもね」

 あの札の解除は今まで以上に細かい魔力制御が必要になることだから、とにかく鍛錬になるんだろうな。なるほどな。

「へー、言われてみればそうかも?」

「そういえば、水も出しやすかったかなぁ」

 傍で聞いていた二人も、頷いている。リコットも現在、風生成中だから、変化は分かるんだろう。ルーイもついさっき洗い物のお手伝いで水は出してくれていたけど、言われて初めて気付いたみたい。改めて水を生成して「ほんとだ」って呟いている。

 そうして私達が話している中、最後にお風呂を済ませて出てきたナディアが真っ直ぐ此方へと歩いて来た。

「今日の点火が強かったのは、風が強いんだと思っていたわ」

 話が聞こえていたらしい。ナディアも変化自体は気付いていて、ただ、自分の成長が原因とは思っていなかった、と言うことか。これは面白い。たった一日で、全員が自覚できるだけの変化が出たんだね。

「思わぬ副産物だね。良かったらこれからも、解除の練習お願いね」

「むしろ張り切っちゃうよね」

「ねー! 私この後、寝る前にもう一回やる!」

 ラターシャの言葉に、ルーイも元気よく相槌している。上手くいけば私の魔法が使えるようになる上に、その過程で自分の魔法も上達する、一石二鳥の練習だ。みんなが更にやる気になってくれて、大変ありがたい。

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