第267話

「光らなかった線もあったわよね。あれは何なの?」

 少しの沈黙の隙に、ナディアが疑問を口にする。うん、すごくいい指摘だね。

「他の線は、ただのカムフラージュだよ。正しい絵を知っている人しか解けないようにしたいんだ」

「あの図柄が『鍵』ってことかぁ」

 納得した様子でリコットが言えば、みんなも理解してくれたようで頷いていた。

「正解の図柄はこれになります」

 新しい紙を取り出す。さっきの図柄には描くべき順番もあるので、どの線からどちら向きに引いて行くのかも、丁寧に記載してある。つまりこれは説明書みたいなものだ。

「で、封印済みの紙はこれ」

 私はさっきと同じものを十枚取り出して、扇状に広げる。全て同じ模様が描かれ、中には銀貨が入っている。

「これ全部、ルーイにあげる。解いて、銀貨十枚をゲットしてみて」

 広げていたのを綺麗に整えて、ルーイに手渡した。受け取ったルーイは目を輝かせて、何処かわくわくしている色をそこに宿していた。

「線に、魔力を籠めるの?」

「そう、この指示書の通りにね」

「でも『線』に籠めるなら、すごく細かく動かさないといけないよね……」

「その通り。すごく繊細な作業だ。集中してやってみて」

 次第に不安そうな顔に変わったけれど、目は輝いたままだ。ルーイはしっかりと頷いて、一枚を手に取った。

 開始位置から、上手に魔力を籠めている。だけど慎重に進められたそれが五センチほど進んだところで、指定外の線にも魔力が入ってしまった。それを見たルーイが魔力供給を止めたと同時に魔力は霧散し、光は全て消えて元の状態に戻った。

「あ~」

「うわ、止めたら最初からなんだ」

 ルーイが項垂れる横で、リコットが驚いた様子で声を上げる。ちょっと可哀相な気持ちにもなって、私も少し眉を下げた。

「そりゃ、鍵だからね。簡単に開かないようにしてあるよ」

「難しそう……」

 ラターシャが思わずと言った様子でそう零して眉を寄せている。その横でナディアも同様に、険しい表情をしていた。ふふ。みんなの難しい顔、可愛い。

 だけどこの『魔力供給を止めれば元に戻る』という仕組みは、逆に言えば何度でもチャレンジできるということだ。図柄も書き順も知らない人間が総当たりで解けるような形でもないので、そのような仕組みにしておいた。一度で魔力が固定されてしまうとなると、間違った線を塗った場合に永遠に開かなくなってしまう。流石にそれは酷すぎるし、紙も勿体ないだろう。

 私の説明に、みんなは難しい顔のままで「なるほど」とは言った。私の言うことも分かるものの、それはそれとしてこの紙の解除は難しい、という感想だろうか。

「みんなもやってくれる? 沢山あるよ」

 収納空間から三人の分も取り出したら、彼女らはちょっと顔を見合わせた後、受け取ってくれた。渋々だなぁ。そんなに私の実験に付き合うのは嫌かなぁ。

「そもそもこれは何の為に作ったの?」

 ナディアの的確な問いに対して、どうしようかな、答えようかなーってニコニコしていたら、私の回答を待つ様子も無く、リコットが「密書とか?」と予想を口にした。

「だとしたら城の侍女宛てでしょう。私達が覚える理由は無いわね」

「あー」

「なんでそこで彼女を出す」

 急にナディアがカンナの話をするのでびっくりだ。すぐに答えないからって酷い目に遭っています。

 そりゃまあ確かに私が今、秘密の手紙を交わしたい相手と言われたらカンナかもしれないが、交わしていい相手ではない。いつか侍女にする約束をしているものの、互いの立場はまだ変わっていないのだから。

 私の返しに満足そうにフンと鼻を鳴らしたナディアが、私を揶揄っているだけなのは分かっているけども。軽く項垂れてから、降参を示して肩を竦め、素直にナディアの問いに答えることにした。

「本当にやりたいことはね、その中に銀貨じゃなくて、『魔法』を入れることなんだ」

「魔法を入れる……?」

 結界を解こうと既に集中していたルーイも、手元から目を離して私を見上げていた。可愛いから、頭を撫でておく。普段はナディアの見張りがあってこんなにいっぱいルーイを撫でられないからねぇ。堪能。

 思考が逸れてしまったが、本題ね。私は再び収納空間へと手を突っ込んだ。

「君らに渡したそれは練習用。これが本物」

「あ、紋章付きだ」

 そう。本物の方には、クヌギ印――王様から貰ったクヌギ公爵家の紋章を、違う色で印字してある。理由は、取り違えたら大変、だからだ。

「下に書いてあるのは、炎?」

「正解。ルーイは目が良いねえ」

 彼女の指摘に、みんなもちょっと恐る恐る顔を寄せて、イラストって言うか、そう呼ぶのも躊躇われるほどの簡易な炎マークを確認していた。これの有無も、練習用とは違う点だ。

「つまり、この中に入っているのは炎の魔法でね」

「え」

「実演するよー」

「ちょっ、待ちなさい! ルーイを放し――」

 私のお膝に居るルーイを引き剥がそうと慌てて手を伸ばしてきたナディアを余所に、私はその封印を解除した。瞬間、ボッという音と共に大きな炎が噴き上がる。

 が。当然、私にもルーイにもナディアにも、他の誰にも火の粉一つ、掛かっていない。結界魔法で覆いましたので。半端に炎の端が切れている様子を見て結界に気付いたのか、ルーイを抱き締めていたナディアの力が抜けていった。

「……先に言いなさい」

「ごめんなさい」

 まあ怒るよね。でも流石、妹思いのナディアさん。守りに入る動作が素早くって格好良かったよ! 言ったら殴られそうなので、ごくんと言葉を飲み込んだ。

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