第266話

 朝食を終えたら、二日ほど過ごしたこの思い出深い河べりともさよならだ。色々あったな。水の中に引き摺り込まれて死にそうになったとかさ。

 ところで停車が長いと、次に馬車を進める時に妙にサラとロゼが張り切る。この子達は馬車を引くのが好きらしい。働き者で良い子で可愛い。

 馬車を引いてもらうという状態は、二頭を走らせているわけではない。ちょっと速めに歩く感じ。道の状態によってはゆっくり歩いてもらう時もある。だから、「走る」というほどの状態はほとんど無い。そもそも急いでないからそんな必要は無いし、何より勢いよく走られると馬車の揺れが激しくなる。クッション性の無い馭者台に座る私の臀部が大変なことになるのだ。

 だけど。張り切っている時の二頭は、走りたがる。

 無理に抑え込んでしまうとストレスになるかもしれないので、そういう時は好きに走らせてあげて、私の臀部が限界を迎える前に落ち着かせるようにしていた。その間の女の子達はというと、座席のクッションに拘り抜いた甲斐あって、身体が痛くなることは無いみたい。今日も大きく揺れる幌馬車の中できゃっきゃと笑っていた。揺れで酔う子もおらず、ダメージがあるのはいつだって私の臀部だけである。流石にそろそろ、此処も改造しないとな。イテテ。

 そうしてはしゃぐように走るサラとロゼが予定よりも二倍ほど進んでくれたところで、今日の昼休憩を取った。

「んー、うーん」

「お、アキラちゃんが唸ってる」

 昼食を取り終えた後。いつものように魔道具の図面を書き出す為、一時間ほどテントに入るつもりだったんだけど。ちょっと迷って、半端なところで唸りながらぐるぐる回った。

「よし」

「何か決まったみたい」

 私の怪しい挙動にリコットが実況を付けてくれるものだから、ルーイとラターシャが堪らない様子で笑っている。自分で遊ばれて笑われているのは分かっているが、女の子達が可愛いのでニコッと笑顔で応えておいた。

「みんなに、ちょっと魔法の実験に付き合ってほしいんだけどさ」

「えぇ。やだ。怖い」

 リコットは間髪入れずにそう言うと、はっきりと表情を歪める。ナディアとラターシャも、険しい顔をして何も言ってくれない。え。流石にそこまで嫌な顔をされるとは思っていなかった。日頃の行いか? 絶句してしまった、その時。

「はーい、私やるよー」

 そう言ってルーイが私の方へ駆け寄ってきてくれた。天使、降臨!!

 だけど彼女の背を追うように「正気!?」とリコットが叫んでいる。そんな悲しい反応をしないで。

「ルーイは良い子だねぇ、お膝においで~」

 私は徐に椅子に座ると、傍に来てくれたルーイに両腕を伸ばす。ナディアがルーイの後方からすごい形相で睨んでいるけれど、今日は負けない。ルーイはちょっと眉を下げて笑った後、腕の中に来てくれた。ああ可愛い私の天使。抱き上げて膝に乗せ、ぎゅーっと抱き締める。腕の中でルーイはくすぐったそうに、ふくふくと笑っていた。は~愛しい。

 頬擦りしてルーイの愛らしさを堪能してる間、いつ怒鳴ろうかとタイミングを計っているナディアが見えていたけど無視をして。満足したところでルーイを抱き直し、膝の上で、私の身体を背もたれにして座らせるような形を取る。

「じゃあねえルーイ、これを見てください」

 収納空間から、白い封筒のようなものを取り出して彼女に見せた。

「魔法陣……の紙?」

「うんうん、ほぼ正解」

 話していると、他三人がじりじりと距離を詰めてくる。私の『実験』は怖いけどルーイが居るから遠巻きに見ているわけにも、という気持ちのようだ。お姉ちゃん達は優しいねぇ。

 そして私がルーイに見せているものは、よく知る封筒の形ではない。たとう折りされているだけで、どの部分も接着されていない丈夫な紙だ。日本人なら割と馴染みのある、お祝儀を包む時の紙の折り方だね。そして表には複雑な模様が描かれていた。これを見て、ルーイは『魔法陣』と言ったのだ。

「これはね、魔法で封じてある包み紙なんだ。何処にでもある普通の紙だけど、千切ることも燃やすことも出来ないよ」

 さっきも言ったが、この紙はどの部分も接着されていない。しかし魔法で封じている為、開くことが出来ない。実演としてライター程度の火を指先から出してこの紙に当ててみるが、火は点かず、焦げることも無かった。

 改めて、ルーイにその紙を手渡す。ルーイも一生懸命に開けようとしたり、千切ろうとしたりと頑張っていたが、びくともしない。全然どうにもならないことを確認して、「うえー」って可愛い唸り声を上げていた。

「アキラちゃんの炎でも駄目なんだから、何してもダメってことだよね」

「そういうこと」

 全身全霊で高濃度の魔法をぶつけたら無事じゃないかもしれないけど、流石にそれでは壊せたとしても中身も一緒に塵になるので、『封を開けた』とは言えないだろう。

「この模様が、閉じてる術なの?」

 表面に描かれた模様を見ながら、ルーイがそう言って私を振り返る。上目遣いが可愛くて思わず笑みを浮かべた。

「ううん、逆だね。閉じてるのは私の結界術の応用。で、この模様は、それを解く為に使う」

 私は一度、ルーイからその紙を受け取って、彼女からよく見えるように、正面で持った。

「解くよ、見てて」

 魔力を籠める。すると紙に描かれた模様の一部の線が順番に光り、模様を描いていく。ある一点まで進んだ直後、紙はまるで空気に溶けるようにして消えた。

「わあ」

「はい、お宝ゲット」

「銀貨だー」

 封じられていた紙の中から、銀貨が一枚出てきた。これを中に入れていたんだよね。そのままルーイにあげた。

「これはね、正しい模様を魔力で描くことで、封が解けるんだ。ルーイにはね、この解除が出来るようになってほしい」

 ルーイは私を見上げてぱちぱちと目を瞬くと、さっきの光景を思い出すように、銀貨へと視線を落とした。

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