第265話

「なんでナディ姉が、あやまる……」

 震える声も、少し揺らぐ瞳も、『らしく』はないけど。これはただ、いつも調整役に徹するリコットが隠している柔らかい部分が、表層に出ているだけだと思う。

「あなたが寂しくならないように、早く上達しなきゃいけないわね」

 そう言ってナディアが少し笑うことに、リコットは驚いた様子で唇をはくはくと動かしている。でも言葉が上手く出てこなかったのか、眉を下げて俯いてしまった。ナディアが軽く頭を傾けて表情を見ようとしても、更に俯いて逃げてしまう。そんな彼女の様子にちょっと笑ったナディアは、両腕を伸ばして少し強引にリコットを抱き締めた。

「でもね、リコット。あなたは寂しく思うかもしれないけど。私は、すごく嬉しかった」

 ナディアの白い手が、リコットの黒髪を撫でていく。

「もうすっかり魔法使いの卵ね。色んな人に自慢したくなってしまうわ」

 そう言って微笑むと、ナディアは改めてリコットの顔を窺う。腕の隙間からほんのちょっと見えたリコットは、いつの間にかぽろぽろと涙を零していた。改めてナディアもそんな彼女を慰めるみたいに抱き直して、頭を何度も撫でる。

 で、ますます私が邪魔ですね。

 伸ばした両足の上で二人が寄り添っているんだよね。私、外に転移した方が良い?

 だけどまだリコットの右手が私の袖を握ったままで、抜け出せない。どうしようも出来ないのでじっとします。

 二人が仲良く寄り添っているのを眺めるのはとっても可愛らしくて良い。それにリコットもナディアにだけとは言え、ようやく打ち明けられたわけだし、前進だねぇ。

 とか考えて退屈を紛らわしつつ耐えること約五分。

 泣き止んだリコットが少し身体を離したところで、ナディアも腕を緩めた。

「教えてくれてありがとう、リコット」

 少し赤くなったリコットの鼻先を、ナディアが愛おしそうに見つめて指先で突く。リコットからは見えていないものだが、どういう状態なのかは分かるのだろう、照れ臭そうに俯いた。

「黙ってて、ごめん」

 低く唸るように呟く言葉に、やっぱりナディアは優しく微笑むだけだ。

「あなたが話したくなったタイミングで良いのよ。ルーイもラターシャも、絶対に怒ったりしないわ」

 ナディアが抱擁を解くと、挟まれていた私の足の圧迫感が緩む。この後、私を挟んで寝るんだっけ? いや二人が引っ付いて寝た方が良くない? そんなことを考えて一瞬ナディア側の空きスペースに目をやった時だった。

「どわ!」

 急にリコットが私に抱き付いてきて、勢いに負けて大きく後ろへ傾く。慌てて肘を付いて倒れ込む直前で留まった。

「びっくりした。リコ?」

「寝る~」

「はは。うん、寝ようね」

 改めて照れ臭くなっちゃったのかな。可愛い。リコットを片腕で抱き返し、上掛けを手繰り寄せる。そしてその中に仕舞い込むみたいにしてリコットをベッドに下ろすつもりだったんだけど。下りない。そのまま私の上によじ登ってきた。

「うお、リコ、どした」

「んん~」

 下ろそうすると不満げに唸るので仕方なく私の上に乗せる。リコットは満足そうに小さく息を吐いた。あー、私の上で寝ますか。良いけどね。

 ナディアはそんな私達の一連の動きを見守ってから、隣に寄り添う形で横たわった。

「腕枕いる?」

「いいわ、リコットを抱いていて。私は勝手に暖を取るから」

「暖をね」

 寒いわけじゃないけど温かい方が嬉しいもんね。宣言通り、ナディアは私の腕に額を押し付けた。ナディアの方の上掛けもゆっくり上げて、肩まで掛けてあげる。そんなことをしている間に、ふと見れば。私の上から零れ落ちているリコットの手を、ナディアが緩く握っていた。

 ――やっぱり私、邪魔じゃん?

 改めてそう思うんだけど。この状況で今更もう抜け出せないので。諦めて目を閉じる。

 安心したみたいに珍しく一番に眠り落ちたリコットの寝息に、誘われるようにナディアも眠る。この姉妹、本当に可愛いな。二人共、ちょっと違う方向で素直じゃなくって。だから私みたいなやつでも、クッションとして間に必要だったのかもしれない。

 いやまあ、難しいことはいいや。二人の体温と寝息が愛おしくて幸せなので、考えることは止めよう。私もおやすみなさい。温かくて柔らかい感触に包まれながら、穏やかに眠り就いた。

 そして翌朝。

 目覚めるといつの間にかリコットは私の上から落ちていたが、三分の一くらいは乗っている。脚も腕も絡め取られているので抜け出すことは不可能。そして逆側のナディアも手足こそ全く触れていないけれど、眠る時と同じく額は押し付けられていた。此方も動けない。

 これ、改めて幸せだな。二人が起きるまで堪能しよう。

 噛み締めていたら、数分でリコットが起きた。むにゃむにゃ言いながら擦り寄ってくるけど、それがまた容赦なくて、顎に頭突きされた。

「うぐ」

 思わず漏れた声も気にせず、リコットは無遠慮に私の上に乗ってくる。乗るの好きだねぇ。可愛いから大歓迎だけどねぇ。

 そして位置を安定させたリコットが啄むみたいに私に口付け始めた。可愛らしくてつい応えていたけれど、ちょっと深まってしまったところで隣にもう一人居るのを思い出す。

「嬉しいけど、ナディが起きちゃうよ」

「んー」

 そっと静かに宥めるも、リコットが唇を重ねてくると拒むことは出来ないなぁ。そのまま受け止めていて、更に深まった時、唸り声に近い小さな音が入り込む。

「……起きているから、その辺りにして」

「ふふ」

 ナディアの寝起きの声は少し掠れていた。思わず笑ってしまった私に釣られるように、リコットも目尻を下げる。そして二人の挨拶はこのままの状態で交わされていた。私はとうとう地蔵ではなく布団になりました。

 そんなこんなで、起床後もうだうだしていた私達が起きてテントを出る頃には、もうルーイとラターシャは水瓶の傍で顔を洗っていた。

「二人共、おはよ~」

「お、はよう」

「おはよー」

 応えるラターシャが一瞬、変な顔をした。三人で『した』っていうアレか。面白いからこのままでも良いような気になっちゃうな。どうしようかな。

「あ、してないよ~?」

 私が迷ってるとリコットがあっさりとそう言う。でもラターシャはどんな言葉を返したらいいか分からない顔で固まった。これはこれで、面白いな。私は傍観した。

「私、酔ってたからすぐに寝ちゃってさー。あ、その後に二人が何をしてたかは分かんないけど~?」

「するわけないでしょう」

 ナディアが被せる。ふふ。「なんだぁ~」ってつまらなさそうに言ってるルーイは置いといて、ラターシャは大人しく口を閉ざしていた。賢いね。黙るのが最善だと私も思うよ。

「さて、手の空いた人からサラとロゼに水とご飯あげて~」

 そろそろラターシャが可哀相なので、私はそう言って二頭の朝ご飯を収納空間から出した。助け舟に気付き、ラターシャが俊敏に受け取ってくれる。

 では私はみんなの朝ごはんを作りましょう。昨日のビーフシチューの残りと、パンと、あとはサラダとポテトで良いかな。

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