第263話

 本日の仕上げは勿論、誕生日ケーキ。

 自分の誕生日には二つも用意してもらっちゃったもんだから、超えなきゃと思い、ミニケーキを三種類作りました。対抗するところではないのかもしれないけれど。

 チーズケーキと、チョコケーキと、アップル系タルトです。林檎そのものはこっちの世界には無いが、似たやつを似た感じに味付けして作りました。みんなは最初こそ盛り上がってくれたけど、今は食べる順番を真剣に悩み、難しい顔をしてお皿と睨めっこしている。はあ、可愛い。と思いながらも私はパクパクパクっとそれぞれ一口ずつで完食した。

「本当、今日いっぱい食べたぁ~」

「入らない服がありそう……」

 リコットとナディアの言葉に、ラターシャとルーイも神妙に頷いている。そんなこと少しも気にしなくって良いのにねぇ。

「みんなまだまだ細いから、それくらいで丁度いいよ。服なら幾らでも買ってあげる」

 私の言葉にみんなが苦笑した。レッドオラムに着いた翌日に洋服店を連れ回したことを思い出しているらしい。いや~でもまたアレやりたいね。ジオレンには洋服店いっぱいあるかなぁ?

「アキラちゃーん、次、温かいお茶が良い」

「あら、もうお酒は終わり?」

「うん」

 ケーキを食べ終えて満足そうにしていたリコットが、そう言った。ずっと色んなカクテルをちゃんぽんし続けていた彼女はすっかり酔っぱらいで、楽しそうに笑っている。だけどそんな状態でも自ら終了を言い出すのはちょっと驚きだった。

「はい、どうぞ。大丈夫?」

「だいじょうぶ」

 具合が悪くなってきたのかと心配して尋ねる私に、ふにゃっと笑って答える彼女はご機嫌そうだ。不調を感じてはいないみたいだね。口調はやや頼りないけども。

「あのねぇ」

「うんうん」

 他の子達にも何か淹れようと思ってリコットから気を逸らしかけたところで、彼女が何やら話し始めた。そのまま隣に腰掛け、さり気なく他のみんなを窺う。捕まってしまった私を他の子らは察してくれて、自分の飲み物を自分で淹れてくれた。ごめんね、ありがとうね。そしてその手元を見る限り、ナディアももうお酒は止めるらしい。

「今日のねぇ、夜ね」

 それは今ですが。と思ったけれど、とりあえず彼女が言い終わるまでは聞こう。ニコニコと笑顔で頷くと、またリコットが、ふにゃ~と笑う。可愛くて今すぐ押し倒したい。ぐっと堪える。テーブルの上で握り込んだ右手がめきって音を立てたがリコットは気付かなかった。

「アキラちゃんと、一緒に寝る」

「へ」

 小さく間抜けな声が漏れてしまった。でも表情はギリギリ笑顔を保って、すぐに気を取り直す。

「うん、勿論いいよ、一緒に寝よう」

 答えながらリコットの頭を撫でた。誕生日の夜を私にくれるなら、そんなに幸せなことは無いよね。しかし私に撫でられて満足そうに笑っているリコットの衝撃発言は、これからだった。

「ナディ姉も一緒に」

「えっ」

 愛らしい戸惑いの声をナディアが漏らした。私も流石に驚いたものの、僅かに止まってしまった手をすぐに動かして、引き続きリコットの頭を撫でる。

「うんうん、ナディも一緒にね」

 ナディアは私の反応に対して何かを言いたげな顔は見せるものの、何も言葉は出なくて沈黙したまま。だって要望はリコットからだから私に怒っても仕方がないし、拒絶も不満も私じゃなくってリコットに向けなければ意味が無い。可愛いリコットにナディアがそんなことを出来るはずもなく、いつになく戸惑った顔をしていた。

 ところで傍で聞いてるラターシャが真っ赤になっちゃってるんだけど。考えちゃったんだねぇ、三人で何するのかなってねぇ。本当に教育に悪い話ですよ。

「……三人で寝るには、狭いわよ、ベッドが」

 何とかナディアが捻り出してきた返事に声を上げて笑いそうになったのを全力で抑え込む。今日の私は沢山の我慢に成功していて偉いと思う。さておき、リコットはそんなナディアの様子も、私のバカな努力も何にも知らない顔で、「んー」と愛らしく唸り、ご機嫌な声のままで答えた。

「二つのベッドを引っ付けたら大丈夫」

 私はよしよしとリコットを撫で続けながら「そうだねー」と相槌を打つ。流石にナディアが強めに睨んできた。彼女からしたらこの『三人で寝る』という提案を棄却する為に協力してくれない私への不満があるのだろうが、いやいや、無理ですよ。リコットの誕生日だからね。

 素知らぬ顔でお茶を飲んでいるルーイが今一番、大人かもしれない。ラターシャはまだ赤いままの顔で居心地悪そうに俯いています。

 さてと、じゃあ私は少し片付けのフェーズに入りましょうかね。リコットに断りを入れてから傍を離れ、残った副菜は全部私の胃袋に入れて、ビーフシチューは明日の朝ごはんに残す。使い終えたお皿などは洗って乾かして収納空間へ。それが終わる頃には、みんなの入浴タイムだ。

「リコ、お風呂は入れる? ふわふわしない?」

「うん、平気」

 いつもよりご機嫌なニコニコ顔をしているから酔いは残っているみたいだが、お茶を飲みながら団らんしている時間で少し抜けたらしい。さっき喋っていた時は随分と揺れていたけれど、今はしゃんと椅子に座っている。しかしそれでもナディアは心配だったみたいで、リコットの入浴中には猫耳がずっと木風呂の方へ向いていた。

 そして夜。

 いやもうずっと前からすっかり夜なんだけど、リコットが言う「夜」。

 ルーイとラターシャの二人だけを三人用テントに入れて、私とリコットとナディアは、二人用テントに入る。

 すぐに消音魔法を掛けてテントを覆った私は、傍に立っていたリコットの腰を引き寄せ、唇に口付けた。角度を変えて少し深く味わって、でも、ほんの数秒で解放する。一方、ナディアは私達から顔を背けるように逆側を向き、耳だけ此方に向けていた。

 そんなナディアに手を伸ばし、私は頭だけぽんぽんと撫でる。触れた瞬間、ナディアの身体は怖がるみたいに微かに震えた。

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