第261話_タグ
「時代は私が生きていたよりも前だけど、何百年ってほどじゃないんだよね」
気を取り直してそう伝え、さっき私がしていた予想――時間の流れが違うか、違う時間軸から召喚できるのかもしれないってことを説明する。
「これは財布だね、私の世界では紙幣と硬貨があって――」
私が朗々と語るお金の説明を、みんなが興味深そうに聞いてくれる。私の世界の数字を一生懸命に覚えようとしているのが可愛かった。
「えぇ、このお金、風で飛びそう……」
一円玉の軽さに驚いているみんなに声を出して笑ってしまう。そしたらみんな、さっきのナディアみたいにほっとした顔を見せてくれた。私が口で大丈夫って言うより、笑い声を聞かせた方が良いみたいだ。
「これは本よね。あなたが書いていた文字に、確かに似ているわ」
「おお、そうだね、私の国の言語だよ」
あんまり気にしていなかったけど、そう言えばそうだ。ナディアから文庫本を受け取って、ぱらぱらと中身を確認する。うん、表紙でも分かっていたけど、中身も間違いなく日本語だね。
「女の人だったんだね。旦那さんも、お子さんも居た」
口紅を横目に、改めて写真を手に取った。華奢な人に見える。勝手に儚い印象を抱いてしまって、余計に気分が落ちそうになる。
「……残酷な話だね」
私の言葉にみんなは黙ってただ頷いた。
沈黙した私達の脇で、相変わらず河が轟々と強く流れていく。一度長い瞬きをしてから、私は顔を上げた
「前代の救世主に、女性はどれくらい居たんだろう?」
少し明るめの声で私が問うと、みんなは軽く目を瞬いてから、顔を見合わせていた。
「エルフ族じゃ、ここ千年くらいのことは分からないけど、二代目が女性だったらしい、かな……」
ラターシャが最初に答えてくれる。そうなんだよね。私が持つエルフの知識では二代目までの救世主のことしか知られていない。しかも救世主は人族の中にいつも居るから、あんまり詳しい情報をエルフらは持っていないようだ。私が四代目だから、つまり、三代目の情報が全く無かった。
「私達の知っている中でも、二代目だけが女性よ。初代と、あなたの前である三代目は男性だったと伝わっているわ」
ナディアの言葉に、リコットとルーイも頷いている。つまりこの持ち主は、二代目の可能性が高いんだな。
「二代目で七十年前くらいの人ってことは、時間の流れが違うって説だと三代目は私の生まれる少し前に飛ばされてることになるなぁ」
同じ感覚で召喚されているなら、だけどね。
首を傾けているとリコットが何か思い付いた顔で私を見つめる。何だろう。私が疑問を呈するより、リコットが口を開く方が早かった。
「アキラちゃんの世界と、私達の世界は時間の流れが違います!」
言葉の勢いが良くて一瞬驚いて、私以外のみんなも目を丸めて彼女を見つめる。そしてリコットから伸びる『嘘』のタグ。なるほど、それを出してくれる為か。
「ありがとう。違うらしい」
「そっかぁ~」
「じゃあ、えーと、救世主召喚は、異世界の違う時間軸から救世主を召喚できる!」
ルーイが続いた。賢いね、一回聞いただけでちゃんと理解して、覚えてくれてたんだね。
「お?」
私が固まると、みんなが私をじっと見つめた。痺れを切らした――というか、代表で質問をしたのはナディアだった。
「どうしたの?」
「いや、嘘とか本当じゃないのが出た……ちょっと待って」
こんなことは初めてで、私は正直とても動揺していた。そして表示された内容にも。
『救世主召喚の術に、異世界の者を呼び込む力は無い』
「はぁ?」
戸惑いながらも私がそれを読み上げたら、みんなも「は?」とか「え?」とか戸惑いの声を漏らした。
「どういうことだ?」
思わずタグに問い掛ける。無駄だと思いながらもつい口に出てしまっただけだったのに、無駄ではなかった。何故かこの時に限って、まるで私と会話するようにタグが出現した。
『切実な願いを聞き入れ、代行した。実行時に最も重なりが強い時間軸から、救世主を召喚する。時代を選択する手段は無い』
「代行って誰が?」
読み上げる余裕も無く私は問い返す。
けれどもう、タグは出なかった。急に見放すみたいに、沈黙しやがった。
「おい……」
「アキラちゃん?」
ついイラッとしてしまったが、ラターシャの声で我に返る。溜息と共に苛立ちを吐き出して、肩を竦めた。
「気まぐれなスキルだね、これ」
苦笑して、さっき読んだ言葉をそのまま彼女らにも伝える。
「なんだか急に詳しい説明するんだねぇ」
「前は『額面通り』にしか受け止めてなかったんだよね?」
リコットとラターシャが私と同じ疑問をちゃんと口にしてくれたので、嬉しさにちょっと笑いながら頷いた。
「さっき、ルーイが『召喚できる』という言い回しをしたでしょう、そういう意味では『嘘』なのね」
ナディアの指摘は更に踏み込んで賢い。確かに、タグが言うには違う時間軸から召喚することはあるものの時間軸が自由に選べるわけではない。つまり、厳密には『嘘』という判断になる。
「だから、わざわざ説明した?」
「どうかなぁ。今までは半端にずれてたら黙るか、一部だけ切り取って真偽を出してたよ」
一貫性が無いのは間違いない。
だけど何かトリガーがあって詳しくなったという予想も、一理ある。元々、出るタイミングなども、真偽のタグ以外は予想できていない状態だ。私の知らない条件がある可能性は高い。
「誰かが代行している……その代行者が、今だけ喋ったのかしら」
「それもあり得るねぇ」
普段はオート状態で、偶に自由入力ってか?
「便利な能力で助かってはいるけど……疑問は尽きないよ」
オートじゃないなら、不定期に嘘が出されることもあるのだろうか。私をコントロールする為に。
一瞬そう思ったけど、何となく、それは無い気がした。私をコントロールしたいなら、タグを疑わせることは悪手でしかない。つまりこのタイミングでこのような情報を出したことに、全くメリットが無いのだ。時々押し黙ることにも、何か決まった制限があるのかもしれないな。
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