第259話

 けれど幸いなのは、これが全力同士の争いじゃなく、この魔道具に籠められた魔力との比較になるってこと。まあ、この解呪方法は強引だから何倍か必要になるけど、それでも流石に負けることは無いだろう。

 ぐっと魔力を体内で練り込んでから、一気に魔道具へと流し込む。

「取れ、た!!」

 全力同士の争いじゃない――と言っても流石は救世主様。今までのどんな魔法陣や魔道具より、厳しい魔力比べでした。

 はあ~疲れたぁ。

 脱力したら私の身体が重力に負けて転がり落ちる。そう言えば、斜面だった。

「イテ」

 地面に背中から着地した。肩甲骨の間に石が突き刺さった。あ、痛い。思ったより痛い。

 そして地面と言ってもさっきまで河の底だったから濡れている。汚れてしまった。まあ、最初に水中へ引き摺り込まれた時点で全身がビッショビショだから、もう良いけどね。背中の痛みが引くのを待ってから、のんびりと立ち上がる。そして改めて、魔道具の周りを歩いた。六歩くらいだな。私の歩幅を考えたら、円周は四メートル弱か。なら直径は、一メートルと少しのはず。抱き締めても大いに余る大きさだね。

 とりあえずこの魔道具に付けられている魔法陣は――うーん、いいか、このままで。普段なら再利用不可能にする為に消すんだけど、私が持ってる限りは悪用のしようも無いからな。

 で、こいつが守ってるって言う、救世主の至宝は何処だ。この魔道具を攻撃されることを想定されていたとするなら、この魔道具の中? もしくは下か。

「とりあえず回収しよ」

 分解するにしても此処じゃちょっとな。そう思って魔道具を私の収納空間へと取り込んだ。するとその下の地面に空洞があった。深さ二十センチ、縦横どちらも五十センチくらいの空間。そして中央に置かれている真四角の石の塊。これが至宝かぁ。大きく一歩それに近付いて手を伸ばすが、すぐに気付いて引っ込める。

「はあ!? 結界まで張ってる!」

 中々このお宝、手に入らないなぁ!

 若干、腹が立ったんだけど。どうやらこの結界は今の私と同じで、水除けの為だけみたい。魔道具とは違って容易く解除できた。

「よし、ゲット~。うご、重たい……」

 石塊を持ち上げる。

 勿論、私の腕力ではどうにもならないので風操作で浮力を追加しています。

 横から見たら二つの石が合わせられていたので、どうやらこれは入れ物で、中に至宝とやらがあるらしい。私はこの場で開けた。何となく、そうしなければならないと思った。

 そもそもラターシャ達が見付けたんだから、本当ならラターシャ達と一緒に見るのが望ましいとは思う。でもこれが前代の救世主の物なら、自分がまず見るべきだと思ったのだ。

 いや、此処まで徹底して隠してあったんだから相手を思えば誰も見ないのが一番だろうけどさ。最低でも数百年も前の人でしょ。許しを請う相手も居ないんだから、時効ってことで。

 しかし無遠慮に開いた石板の中から出てきたものを見たら、私のそんな考えに対する嫌がらせかと思った。

「鞄……?」

 マトリョシカかよ。厳重すぎるわ。

 今までの苦労でついつい突っ込んでしまうけれど、この鞄も持ち主は残しておきたかったのかもしれない。細工をよく見て気付いた。これ、こっちの世界じゃなく、元の世界で救世主が使っていた鞄みたいだ。デザインは私の世界のものに近い、革製のハンドバッグだった。

 そして中を開けば明らかに私の世界のものと分かる物が出てきた。財布、手帳、文庫本。筆記用具入れの中からはボールペン、黒と赤の鉛筆、定規、消しゴム。財布の中からは古いお札と、小銭。私の時代ではもう使われていない柄の紙幣だったものの、明らかに日本円だ。しかも数百年と言うほど前のものではない。それが一番の、違和感だった。

「……時間の流れが違うのかな」

 それとも、違う時間軸の人間を、この世界の召喚術は引っ張れるのか。何にせよ、この救世主は私が生きていた時代から遡っても、せいぜい六十から七十年前くらいの日本人だったようだ。財布が入っているのはその辺りを特定するのにすごく有用だね。私も残そうかな。

 うーん、だけど召喚の難易度から言って、私に次の代が居る可能性はかなり低い。気にしないでおこう。

 ところで手帳は、ただのメモ帳みたい。カレンダーならもっと明確な年代が分かるかと思ったんだけど。慎重に開いたら、一ページ目と表紙の間に、紙に包まれた写真が出てきた。

 大人の男女一人ずつ、その間に立つ小さな男の子が一人。男性の膝丈程度の身長しかない、本当に小さな子供だ。白黒の、家族写真。……嫌な予感がしていた。

 更に鞄の中を探る。大きなものはもう何も無かったけれど、内ポケットから手の平サイズの巾着袋が出てきた。そしてその中からは、使い掛けの口紅と眉ペン。明らかに、女性の持ち物だ。あの写真の中に、女性は一人しかいない。

「……とんでもないことするよ、本当」

 こんな人間を、奪ってきたのか。

 それで本当に、この人はこの世界を恨まなかったのか?

 どんな気持ちで、戦って、救ったんだろう。私には少しも理解できない。この手帳の中に恨み言の一つでも書かれていたら良いのに。そう思いながらも私は今読むことをせず、それらを鞄の中に戻した。

「そろそろ戻らないと、女の子達が真っ青だろうな」

 時間を掛け過ぎてしまった。苦労して手に入れた至宝とやらも収納空間に一旦入れて、私は上昇する。見れば女の子達は一列に水際に立っていた。これ以上は河に寄れないくらいにギリギリの場所。そしてまだリコットとナディアはロープを緩く握っている。放してって言ったのに。

 大丈夫だって伝える意味で軽く手を振って、一部分の水を堰き止めていた結界を解除した。

 さっきまで魔道具があった場所には、至宝を格納してあった四角い穴だけが残っている。水流に流された砂や石が入り込んで、次第に何も無かったことになるだろう。

 水面の奥で揺らいだ穴の影を一瞥して、私はみんなの元へと戻った。

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