第258話

 ひゅーんと河の上を飛行する。近付いているのに、角度が変わるせいで光が度々見えなくなる。位置を少し変えるだけで見えないということはつまり、あれ自体が光を出しているのではなく、太陽の光を反射しているんだろう。タグが出ているお陰で私はもう見失うことは無いけれど、普通の人なら苦労したかもしれないな。

「おー、水が綺麗なお陰でよく見える。うーん、でも、何だこれ?」

 みんなは私の声を聞き取れない距離なので、これは完全なる独り言です。距離だけで言うとナディアなら聞こえるかもしれないけれど、河の水音も邪魔してるだろうから、どうだろうな。

 さておき私は、目標物の真上に到着した。遺物からの魔力的影響を気にして少し高い位置から眺める。この世界の河は何処も汚染されていなくて綺麗だ。透き通っていて、水底までがよく見えた。

 ぐるりと周囲を回って、全面の様子を確認する。うん、なんか、立派な大理石の柱が斜めにスパッと斬られたみたいな形。真上からみたら真ん丸だ。その断面がつるっつるに磨かれているから、光を反射してきらきらしていたらしい。

 斜面は水が流れてくる方に向けられている。そのように配置されたのか、水の流れでそう向くようになったのか。いや、流れで動くものなら何処か引っ掛かるような場所まで既に流されているだろう。此処の水底は見る限り平坦で、遺物が引っ掛かってしまったようには見えない。

 そして、側面には模様が描かれていて芸術的だが――あの模様、間違いなく魔法陣だね。効力を教えてくれよタグ。こんな時に黙り込むな。『遺物』のタグはもういいよ。遺物なのはもう分かってんだよ。

「うーん、模様がよく見えないなぁ」

 魔法陣であることは分かるのだけど、この河の流れがかなり速いせいもあって、魔法陣の細かい部分は揺らいでしまって分からない。タグが出ないのもそのせいだろうか。

「直に見るしかないかぁ」

 そうなると、この遺物の周りの水を操作して退かせるか、風操作で遺物自体を水中から引っこ抜くか。ああ、水が入らないような結界を纏って私が水に沈むことも出来そうだな。どの方法も実現はできそうだけど。

「水の中に入るの、嫌だなぁ」

 何をしてくるか分からない『遺物』を前に水中へ身を投じるのは流石の私も怖いと感じる。失敗しても大丈夫そうな、引っ張り上げ方式が無難かな。

 そう決断した私が、気合を入れるように両手を叩き、そして遺物を引き上げようと魔力を籠めた瞬間。

「ぅわっ!?」

「――アキラ!!」

 遠くで、ナディアが私を呼んだ。次いでみんなも叫んだ気がしたけど、水の中に引き摺り込まれた私の耳に確かな音はもう届かない。

 ぐんぐんと強い力で引っ張られて、どれだけ魔力を籠めて浮上しようとしても沈んでいく。最後には遺物の断面に身体が落ちた。

 全く飛べない。動けない。魔力無効化か? いや、単純な力を使っても離れられない。斜めに斬られた断面に向かって強く水が流れてはいるものの、一切離れられないのは変だ。むしろ水流の影響なら傾斜に沿って流されるはずなのに、私の身体を断面から引き離すことができない。吸着されている気がする。

 それなら水操作は効く――はず、効いてくれ!

 飛ぼうとしていた魔力を全て水操作へと振って、周囲の水を留め、水面までをぶち抜く、大きな空洞を作った。

「ぶあ!! はぁ、……死ぬかと、思った」

 空が見えて、ホッとする。全く笑い事じゃないが、こういう時、人間って笑うように出来てるんじゃないかな。口元が勝手に笑った。

 しかし、魔法が使えるのは助かった。無効化ならヤバかった。

 おそらくこの遺物、魔法を当てられたらその魔力の主を断面に吸い込む機能があるんだ。ってことは事前に考えていた手段三種類、どれを選んでも私の魔力がこの遺物に触れる。結果は一緒だったろうな。無意味に悩んだってわけ。くそう。

「お?」

 不意に、私の腰に付けてあるロープが動く。引っ張られている……ああ。もう。大丈夫だよって言ったのに。

「――ロープを放して! 無事だよ!」

 腹の底から大きな声を出して伝えてみる。すぐにロープが緩んだ。声は届いたらしい。

 咄嗟にロープを掴むのはきっと我慢してくれたんだろうけど、中々上がってこないから痺れを切らして結局、引いたみたいだ。優しくて可愛い子らだな。必死に引いたせいで手の平を傷付けていないと良いけど。後でみんなの手を確認して、しっかり回復魔法を掛けよう。

 しかし私はこれからどうしようかな。とりあえず水操作を止めて、結界に切り替える。結界は一度張れば放っておいても機能するけど、水操作は魔法を使い続けないといけないので気を抜いたらまた水の中に入ってしまう。あんな思いはもう嫌だ。

 そうして結界で水を避けて、水の心配が無くなったところで。落ち着いて状況を整理しよう。

 私は今、この遺物から離れられない。呼吸できる状態は確保できているものの、このままじゃ生きていけないな。寝返りは打てる。私と遺物が磁石の両極であるかのようで、位置をずらすことは容易いものの、完全に離すことが難しいみたいな状態だった。

「で、お前一体、何なのよ……」

 身体を引っ付けたままで頭だけ側面に落とすように覗き込み、さっきよく見えなかった魔法陣を見つめる。するとようやく、タグが新しい情報を教えてくれた。

「……へえ?」

 内容を読んだ私は、思わず笑ってしまった。タグはこの遺物を『の至宝を守る魔道具』と言ったのだ。

 続いて長い説明が表示されるのも、しっかりと読み込む。この魔道具を作ったのは救世主――私ではなく、前の代の誰かであるらしい。そして魔法陣の機能は『魔力封印』と『攻撃者の吸着』だった。つまり魔法攻撃だけじゃなく、物理攻撃を仕掛けても吸着されるんだな。

 死んだら解放されるとのことなので、死亡したら剥がれて河に流されていくわけだ。

 それから魔力封印もやっぱり付いてた。ただ、アーモスが私に使った腕輪同様、上限がある。この魔道具の封印上限は三万。私は端数が少し切られただけだね。でも、この世界に生きる者であればもう魔法を使うのは不可能な値だ。この魔道具を見付けたところで、どうにか出来る者は居なかったことだろう。抗う術もなく引き摺り込まれて溺れ死ぬだけ。

 ……とんでもねえことしやがる。

 前代の救世主さん。あんたらは理不尽に異世界へと呼ばれても人々の為に戦った、善人だったんじゃないのか?

「まあいいや。これが、魔道具なら」

 簡単なこと。いつも通り、制御を奪い、私を主として書き換えてしまえばいい。ただし。――今回は対抗相手が前代の救世主さんってか。魔王級に厄介だね。

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