第252話

「ああ、此処か……」

「え?」

「いや、何も無いよ」

 テントの問題箇所をようやく発見。布と金具を繋いでいる留め具が一つ緩んでいたらしい。一つ外れたくらいで崩れはしないが、天井がたゆんとする。これくらいすぐに直せるとは言え、今後起こらないような対策は考えなきゃな。

「留め具を頑丈にするか、二重にするか」

 身長より高いところにその問題箇所あったので、脚立に上りながら一人で喋る。ナディアは何も言わずそのままラターシャ達の方に戻ったけど、リコットは残って、私の足元で脚立に触れた。

「リコ、どうかした?」

「いや~脚立を使うならせめて、誰かを支え役に呼ぶとかさ~」

「あー」

 つまり今リコットは脚立を支えてくれているらしい。確かに今は下が地面だし、不安定ではある。落ちたって魔法で浮けば問題は無いけれど、落ちないに越したことはないよね。リコットに「ありがとう」と告げながら、テントの留め具を直した。

「よし、これでオッケー。さて次は食材を出して、お肉を解凍してっと」

「忙しいねぇ」

 一人で喋る私に、まだ傍に残っているリコットがそう言う。私は笑いながら首を振った。

「この後はのんびりお昼寝だよ」

「そうだけど」

 食材を出す場所は馬車の中なので、テントの裏を回ってそっちに向かう。何故かまだリコットが後ろを付いてきた。どうしたんだろうって振り返ると、目が合ったリコットが少し眉を下げて視線を落とす。

「……私のせいで無理させてる?」

 思わぬ問いに目を丸めた。リコットにしては珍しい勘違いだなぁ。

「ううん。本当にそんな風に見える?」

 聞き返せば、リコットは「んー」と可愛く唸ってから、私の方へと身を寄せた。

「お祝いできるのが楽しいって顔してる」

「大正解。だから心配いらないよ」

「うん」

 甘えるみたいにすりすりとリコットが額を肩に押し付けてきた。可愛くて思わず引き寄せて、頬に口付ける。明日、この子の生まれた日を祝えるのが嬉しくて堪らないよ。顔を上げたリコットはちょっと照れ臭そうに笑っていた。


* * *


「多分アキラちゃんは明日が楽しみで夜は眠れないんだよ」

「あはは!」

 色んな準備を終えたアキラがテントに下がった頃。不意に言ったルーイの言葉にラターシャが声を上げて笑った。そして慌てて口を押えている。アキラはまだ眠ったばかりだ。起こしてしまってはいけない。

「仮眠を取るって言い出すだけ、マシかもしれないわね、今までを思うと」

 馬車旅をしている間、アキラの睡眠時間は激減する。本人はそれを少しも苦にしていないようだし、時々勝手に夜更かしまでしているようだが、周りが心配になるのは自然なことだ。

「ところでリコット、私達からのプレゼントは次の街まで待ってね」

「別に良いのに。ありがとね」

 馬車旅中にプレゼントを用意するような無茶が出来るのはアキラだけだ。いや、彼女が本当に用意できたかは誰も知らないが、本人が何も言わないのを見ると、出来たのだろう。

 ちなみに、リコットがアキラへとねだったプレゼントは今しがた本人からみんな聞いた。四人はその発想に感心する。そして既に誕生日が過ぎてしまったラターシャは項垂れるしかなかった。同じリクエストをするには一年も待たなければならないのだから。

「もうちょっと魔法が上達するまでは飾りだよ」

「うーん、確かに、私じゃまだ無理かなぁ……」

 魔法の杖とは持つだけで即座に利用できるようなものではない。この世界に生まれ育っている彼女らはそれを常識として知っている。

 防御系――例えば以前にアキラが見付けていた『毒反射』などであれば、持った時点で有効かもしれない。しかし魔法の杖のほとんどは、レベル3以上の属性魔法が扱える者でなければ意味が無い、または効力が低いことが多かった。

 つまりリコットも、使えないまま終わってしまう可能性はゼロではないのだ。彼女達はアキラに『レベル2までは出来るようになると思う』としか言われていない。そしてタグは未来を示さない為、どのレベルまで使えるようになるか、という問いに答えは返らないのだ。以前アキラが確認した『属性の適性』は生まれ持った性質であり、それとは話が全く違う。

 この時、不意にラターシャは何かを思い出したように顔を上げた。

「前にね、アキラちゃんが言ってたんだけど。魔法陣を身体に刻むことで魔力を増幅するとか、適性の無い属性を使えるようにさせることも、出来るかもしれないんだって」

「……タトゥーを入れる、またはね。確かに聞いたことはあるわ」

 ナディアの言葉にラターシャはハッとして、緊張した顔を見せた。何気なく話題にしてしまったが、これは彼女らが受けたあの焼印を思い出させるような話だ。本来ならば記憶から消し去りたいはず。しかし、三姉妹はほとんど表情を変えなかった。

「どうしてインクで書くだけじゃダメなのかなぁ」

「落ちちゃうんじゃない?」

「でも『模様維持』の機能が含まれてたら、大丈夫かなーって」

「あ~、確かに」

 ルーイとリコットが飄々と話を続けるのを見て、ラターシャが少し肩の力を抜く。おそらく二人は、彼女が青くなったことを気付いた上で知らない顔をしたのだろう。そんな三人の様子にナディアはやや目尻を下げてから、改めて考えるように少し視線を落とした。

「魔力回路自体に干渉するのだから、ある程度は身体を傷付けて、術を入れる必要があるのかもしれないわね」

 仕組みを知る者が居ない為、ナディアの言葉も想像の域を出ない。しかしそれが最も納得できる理由だった。

 そしてアキラは、組織の男らもそのような方法で魔法を使っていたのではないかと考えているらしい。魔法の希少さを知った今、あのような組織に攻撃魔法を扱える者が居たことはアキラにとって疑問だったようだ。

「ただ、適性の無い属性を使えるようにするような術は、寿命を縮めるだろうね、とも」

 適性とは生まれ持ったものだ。血液型のようなものと言っていい。それを強引に変えるとなると、命に係わる代償があるのは妥当と思える。魔力回路への負担という観点では、三姉妹の受けた魔力封印よりも遥かに大きいはずだ。

「そうだよね~、小さい焼印とかタトゥーでそんなことが出来るなら、もっと一般的にさ、例えば冒険者ならみんな入れてても変じゃないよ。だけどそんな話、組織で初めて聞いたよね」

「きっと一般的には禁じられているのね。考えもしなかったけれど、尤もな話だわ」

 実際、ナディア達は焼印を外で見られることが無いようにと、組織の男らに言い含められていた。当時は『傷』が商品価値を下げるからそう言われるのだと考えていたが、男らはただ違法行為の通報を恐れていただけだろう。

「私らは、正攻法で成長しようね」

 リコットが締め括るように告げた言葉に、女の子達は苦笑しながら頷いていた。

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