第251話

 ナディアに太鼓判を貰った献立を元に、事前に済ませておくべき準備や下拵えをこっそり進めながら日々を過ごし、いよいよリコットの誕生日が翌日に迫った朝。

「今日はみんなに、大事なお知らせがあります」

 キリッとしながら言ったら、どういうことか場が一切、緊張しなかった。ゆるーい視線が私を見つめる。四人中三人が続きを待ちながら飲み物を傾け、横目で窺うくらいの横着をしていた。私の性格上、キリッとした顔では真面目な話をしないって思われているのが分かった。大正解でつらい。

「明日は待ちに待ったリコットの誕生日で、朝昼晩がご馳走です」

「夜だけじゃないんだ」

「当然だよ」

「そうかなぁ……」

 リコットが苦笑いでやや項垂れているけれど、当然だよ。そしてその点についてリコット以外は誰も疑問を呈さなかった。了承だね。いや私を止める術は無いという諦めかもしれないけど、そうだとしたら寂しいので了承ということにする。

「好きなだけ飲んで食べて騒いでほしいので、明日は移動しません。丸一日同じところで飲んだくれます。私が」

「アキラちゃんがね」

 だって私、馭者だからさ。あんまりにも深く飲んだら運転はちょっとね、サラとロゼに任せていれば基本は大丈夫とは言え、念の為ね。

「もう少し進んだら大きな河沿いに出る。その辺りを野営地にするつもり。順調に行けば、昼過ぎには着くよ」

 私がちょっと急ぎ足で馬車を進めていたのはこの予定の為だった。元より、リコットのお誕生日会をする為の野営地を決めていたのだ。余裕のあるスケジュールにはしていたからそこまで大きな負担にはならなかったものの、スラン村に二日も滞在し、王様から呼び出されて半日ほど足止めを食うって予想は流石にしていなかったので、若干ぎりぎりでした。

 でももうこれ以上の邪魔は無いだろう。目的地がすぐそこまで来ていて、私もやや安堵している。

「じゃあ、その場所に着いたら今日からもう進まないんだね」

「うん。と言うか、伝えたいのはそこだね。私はその野営地に着いたら夜まで寝ます」

「何故」

 さっきから短く鋭い言葉を即座に入れてくるのはリコットだ。テンポが良くてそういうところ大好きです。嬉しくなって思わず満面の笑みを浮かべたら、全員に怪訝な顔をされた。まあいいや。質問に答えましょう。

「明日のパーティーの下拵えの為に夜と早朝に頑張りたいから、仮眠だよ」

「えっ、私達も手伝うよ?」

「だめ。いい子は寝る時間です」

 ラターシャの提案を即座に却下し、腕で大きく×印のジェスチャーを取る。ちょっとテンションの高い私のことをリコットが苦笑いしている。うん。君の誕生日会がもう楽しみで仕方ないんだよ私は。

「その理屈だと私は?」

「だめ。ナディも寝る時間」

「名指し」

 ナディアは確かにこの中で唯一の成人済みだから、子供には含まれないけれど。駄目です、寝る時間です。言い張ったら、名指しされた本人はきゅっと眉を寄せた。代わりみたいにリコットが突っ込んで笑ってくれたけど、ナディアは険しい顔のままだ。

「まあまあ睨まないで。此処は街の中の宿屋じゃないからさ。私が寝ている間、二人以上で行動してね。結界外には出ないでね」

 ふざけるのを止めて真面目に答えれば、ナディアの眉間の皺が消えた。意味を汲み取ってくれたらしい。

 勿論、みんなも眠くなれば好きにお昼寝はしてくれていいんだけど。行動可能な人間は多い方が安心だ。

 野営時に張る結界は基本、私達以外が立ち入れないように制限してある。それに加えてそれぞれが守護石を持っている以上は結界外で魔物に襲われても大したことは無いんだけど、これもやっぱり念の為だ。渋々ではあったものの、最終的には全員が納得してくれた。

 その後また馬車を走らせて、河沿いに到着できたのは予定通り、十四時を少し超えた頃だった。

「おー良いとこ! 此処だったら何日滞在したって飽きないね!」

 主役になるリコットが喜んでくれて何よりだ。みんなも明るい表情で頷いている。

 河沿いに着いてから、少し東に進んだ。そっちは小さい林になっていて、私達が入り込んだのは河と林に挟まれている開けた場所。水際はごろごろした岩と石。林側に寄れば少しずつ土が増え、背の低い草が生えていた。

 普通なら林が背後にあるなんて魔物が怖くてあり得ないんだろうけれど、私の結界があれば寄ってこないし何にも問題ない。それよりもやけに豪勢な野営をしている私達が人目に触れないことの方が重要だ。目立つからね。ということで、林を衝立の代わりにしたかったってわけ。なお、河が結構大きくて対岸が遠いので、向こう側からも良く見えないと思う。

 早速私はみんなを馬車から下ろすと、出来るだけ広く平たんな場所を選んで、テントなどの野営一式を出す。結界を張った後、念の為にぐるっと歩き回って自分の目でも周辺を確認。するとテントの裏に立った時、なんかちょっと三人用の方が傾いている気がして私は立ち止まって点検をしていた。

「アキラ」

「うん~?」

 するとナディアが、何故か傍に寄って来る。点検を続けながらのんびりと答えると私が忙しそうにしていると思ったのか、ナディアはちょっと躊躇ったみたいだったけど。結局そのまま話を続けた。

「今日の夕飯は何を作る予定だった? 私達が作っても構わないかしら」

「それは、勿論、良いけど……?」

 点検半ばに、思わずテントから目を離して振り返る。提案に驚いてしまったのだ。どうしたんだろう。私の食事に何か問題がございましたでしょうか。思わず眉を下げた私を見て、ナディアが珍しく目を丸めた。

「アキラちゃんのごはんは大好きだよ。でも、ちょっとでも休んでほしいんだよー」

 ひょこっと彼女の後ろから現れたリコットが付け足してくれる。ああ、そういうことか。良かった、突然の台所戦力外通告かと驚きました。ほっとした顔にナディアはまだ不思議そうにしているけれど、リコットは私の思考を察した様子で笑っていた。

「分かった。今夜はみんなにお願いするよ」

 あんまり心配させたら、みんなが心置きなく明日を楽しめないかもしれないし。

 使う予定だった食材と、献立を簡単に告げる。全く同じものじゃなくて良いよって伝えたが、ほぼ同じ献立でいくとのこと。それじゃあ後で食材を馬車内に出しておきましょう。

「解凍しなきゃいけないものは、いつもの白い木箱?」

「いや、お肉なら解凍して青い木箱に移動しておくよ」

「……そう、ありがとう」

 青い木箱は冷蔵庫として使っていて、白い木箱は冷凍庫として使っている。扱いを取り違えてしまったら大変なのでね。最初は自分の為の措置だったけど、今ではみんなにも扱ってもらうことが増えた。こういう指示がさらっと通じるの、家族っぽくて良いなぁ。

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