第250話

「丁度いいわね、あなたが夜更かししないことを見張れるから」

「あはは。でもそれは誰が相手でもばっちりでしょ?」

 ラターシャはまず許してくれないだろうし、リコットならその時は許してくれるかもしれないけど翌日絶対みんなに言うので怖いからしません。

「それでも。寝た後に抜け出すあなたに気付けるとしたら私だけよ」

「あー」

 確かに。そういえばラターシャが眠った後に抜け出して城を訪問したことがありましたね。一方、ナディアは眠りが浅くて音にも匂いにも敏感だし、気付かれる可能性はとても高い。

 消音魔法を使うと音で起こすことは防げるものの、消臭魔法をしちゃうと逆に匂いが消えて気付くらしいし、匂いを残す方法はちょっと分かんない。多分、ナディアが感知してるのは私の匂いに加えて、私に付けている自分の匂いでもある。そもそも猫系獣人が匂いを付ける方法が分からない為、まるで対策が出来ないのだ。

 それはそれとして。ナディアもそんなに緊張しないで寝てほしいんだよね。警戒をさせてしまう私の日頃の行いが悪いことは分かっているんだけどさ。

「何も言わずに抜け出すことはもうしないよ。だからもっと気を抜いて眠ってほしいな」

「……努力はするわ」

 素直にお願いしてみたら、彼女らしい回答が返った。今の私の誓いを嘘だと断じてこないだけ、信頼されていると思うようにしようか。

 そんなことを話している間にリコットが入浴を済ませて出てきたので、次に入るべくナディアが離れて行く。ラターシャはリコットの髪を乾かしながら、「今日ナディアとアキラちゃん一緒に寝るんだって」と伝えていた。何その報告会。いやまあテントに入る時には言うだろうけどさ。「へー」とのんびり笑って応えるリコットは多分、お風呂の中でも会話が聞こえていたんだと思う。

 その後、私も含めた全員が寝支度を済ませ、それぞれテントに入った時。

「ナディ、これちょっと見て下さい」

「なに?」

 いつもなら勝手にナディアのベッドに入り込んでそのまま行為に及ぶ幸せタイムなんだけど、私は自らにちょっとお預けを課して、一枚の紙を彼女に手渡した。

「リコの誕生日当日の献立です! ナディに最終チェックしてほしくって」

「ふ。……また随分とご馳走ね」

「勿論!」

 可愛いリコットの誕生日だからね、全力を尽くすよ。

 食材や味付けも細かく書き込んだ、情報が盛り沢山の献立表になっている。読むのが大変だと一目で分かるものだけど、ナディアは文句一つ無く、真剣に読み込んでくれる。

「ナディ、そっち行っていい?」

 紙を渡した直後は自分のベッドに座っていたんだけど、お願いしてみた。声に応じて顔を上げたナディアは、何でそんなことを問うのか不思議と言わんばかりの顔で「どうぞ」と言った。

 許しを得たのでウキウキと隣に座って、真剣に献立を見ている彼女の肩に額を押し付けて凭れる。何かを言いそうな顔を見せつつも、結局は黙って、許してくれた。

 不安定な体勢を支える為にベッドに付いている私の手は、ナディアのお尻の少し後ろにある。尻尾が私の腕をちょっと邪魔そうに辿った後、他に行き場が無かったのか腕にくるっと巻き付いてきた。可愛い。最高。今日もフワっとして、モフっとしてる。

「アキラ」

「うん、尻尾が今日も可愛いよ」

「そんなこと聞いてないわ」

 冷たく言い捨てられてしまった。こんなに可愛いのに。まだ私の腕に巻き付いていますよ。見て。って言いたかっただけど、ナディアはそもそも私に頼まれて献立の確認中なのである。小さな溜息で私の言葉を聞き流した彼女は、改めて献立表へと視線を落とした。

「リコットはあまり、辛い物が得意じゃないの」

「あれ、そうなんだ?」

 初めて聞いた。リコットって好きなものは好きって言うけど、苦手とかそういうことをあんまり言わないんだよな。いつも何を出しても普通にパクパク食べてくれるから、嫌いなものが無いのかと思っていた。

「全く食べられないわけじゃないけれど、少し弱いから。念の為、このお皿は辛さを抑えてあげて」

「了解、ありがとう!」

 ナディアに見てもらって本当に良かった。ルーイの時も絶対にお願いしよう。

 ちなみに、指摘された一品以外はちゃんとリコットの好きなものでまとめられつつバランスも取れて良い献立になってるって言ってくれた。ナディアにそう言ってもらえると自信が出るね。みんなのお姉ちゃんだからね。

 さっきの指摘をきちんとメモしておけば、もう完璧だ。

「でも辛いものが好きなラタには、少し物足りなく感じちゃうかもしれないな。一味みたいな小瓶を用意しておこうかなぁ」

「いちみ?」

「ああ、私の世界の調味料だよ」

 正確には一味唐辛子って言うんだけど。辛い香辛料を粉末状にしたものだって伝えたら、すぐに納得していた。似たようなものがこっちの世界にもあるもんね。

「それにしても、ラターシャの舌は、何て言うか、丈夫よね……」

「ふふ」

 言葉選びが面白くて思わず笑う。だけど本当に、『丈夫』は言い得て妙だ。ラターシャは辛い物だけではなく、熱い物も平気で食べるから。そして特に辛さに関しては、彼女の耐え得る上限がまだ見えない。私も辛い物が好きで得意な方だと思うけど、あの子ほどじゃない。あれはもう特技を通り越した領域だ。エルフの特性というわけじゃないみたいだから、個人の才能だね。才能と呼ぶのかもよく分からないけどね。

 その後、今までラターシャが食べてきた数々の辛い物を思い出しながら二人でちょっと雑談をしていたんだけど。あまり遅くなってしまうと明日の馬車旅に響く。適当なところで切り上げて、改めて一緒にベッドに入った。今日は尻尾から触っても良いかなー。脱がせる前に尻尾に顔を埋めたら、ナディアはちょっと呆れた様子で溜息を零していた。いやいや、こんなに可愛いんだから、仕方ないでしょ。

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