第248話

 そのまま馬車を進め、二時間が経過する少し前に停めた。テントなどを全部出して、野営できるように整える。

「遅くなるの?」

 魔法陣を消すだけの依頼なのに、私が野営準備をしたからナディアは疑問に思ったみたいだ。かまどが傾いてしまったので位置を調整しながら肩口に振り返る。

「いや、夜までには戻るよ。行くついでに、可能なら素材の換金もお願いしたいし、ちょっと掛かるかも」

 私の回答にナディアは納得した様子で頷いた。

 最初に手持ちの魔物素材を全て換金してもらって以来、一度もお願いしていなかった。換金しなくても既に結構お金を持っていたので急ぎじゃなかったんだけど、じわじわと素材が溜まってきてしまった。鑑定しなきゃいけない城側のことも考えたら消化しておかないとね。馬車旅や散歩中にやむを得ず狩った分だけでも溜まるもんだねぇ。

 なお、『ちょっと掛かる』理由はそれだけじゃないけど。と思っても、言わない。

 さておき、納得してくれたようなので、時間ちょうどに、私から王様に声を掛ける。

『いつでも行けるよ。行っていい?』

 約束通り待機してくれていたら、魔道具から響く私の声が聞こえているはずだ。

 いつもはこんな確認をしないので内心びっくりしているかもしれないけど、『はい、いつでもお越し下さい』と返してくれた王様の声は落ち着いていた。

「よし、じゃあ行ってきます」

 城に行く直前にはきちんと女の子達の顔を見るようにしている。何故かって、可愛いこの子達を思い出すと城であんまり不機嫌にならずに済むので。

 今回の転移先は、リガール草畑の近くにある例の離宮だった。賢いね、移動が楽だね。

「じゃあ早速、解除しますかー、と。言いたいところなんだけどー」

 含みのある発言に、王様が首を傾けながら静止し、私の言葉の続きを待つ。

 室内を見渡せば、ベルクもコルラードも居ない。解除だけだからかな。カンナも居ないよ。がっかりだよ。顔だけでも見られたらご機嫌になったのに。前二人はどっちでもいい。仕方ないから見送ってくれた可愛い女の子達を思い出して機嫌を保とう。

「また魔物素材の換金をお願いできないかな? 前回と同じ位の量なんだけど」

 伝えた瞬間、全員の顔が安堵に変わる。新たにとんでもない無茶振りを言われるかもしれないって緊張していたみたいだね。ふふ。ワザとだよ。

 しかし以降は揶揄うことも弄ぶこともせず、穏やかなやり取りのみで魔法陣を解除し、魔物素材を換金してもらった。懐が温かい。更にお金持ちになっちゃった。

 でも私がみんなのところに戻ったのは日が暮れてしまってから。夕食時間ぎりぎりになってしまった。

「遅くなっちゃってごめん。すぐに晩ごはん作るよ」

「ううん、アキラちゃんは大丈夫?」

「勿論、何とも無いよ」

 辺りはもう暗くなり始めている。私達を囲う結界の天井に、四つの照明魔法を引っ付けた。それでは晩御飯を作りましょう。

 あ、そう言えば、これも魔道具が作れるんだよね。照明魔道具。私の世界での電灯みたいなやつ。

 この世界にはあんまり便利な街灯が無い。街じゃロウソクまたはオイルランプによる明かりが夜道を照らしていることがほとんどで、夜の内に何度も担当の人が確認し、ロウソクを付け替えたりオイルを足したりと大変そうだった。電気設備や電灯が全く無いわけじゃない。だけど街の中にある小さくお粗末な発電設備では、主要な場所の電気だけしか賄えないみたいだ。一般家庭や小さな店にはまず通されないし、当然、小さな町村にはそもそも発電設備が存在しない。

 しかしエルフの里には照明魔道具があった。これも魔力充填式ではあるが、それなりに燃費がいい。例えば私の女の子達が一息で籠めるくらいの魔力でも、夜に使うだけなら十日は保つだろう。

 近い内に照明魔道具も作ろう。スラン村用は勿論だけど、私達用にもね。私が不在の時も、暗がりに女の子達が怖がらなくて良いように。

「アキラ」

「うおっ、なに」

 ごちゃごちゃ考えながら料理していたら、すぐ傍にナディアが立っているのに気付かなかった。声に驚いて肩を跳ねさせると、ナディアの視線がナイフを持った私の手元に向く。いや、大丈夫。驚いたけど、手元は狂ってないです。

「手伝うことは?」

「ああ、えーと。そっちの竃に火を起こしておいて」

 お願いしたら何故かすごく渋い顔をされた。点火が嫌だってことじゃないと思うんだけど、一体何が不満だと言うのか。でもナディアは結局そのまま黙って竃の方へと向かっていく。沢山のお湯を沸かしたかったので、とりあえず疑問は横に避け、大きな鍋を収納空間から取り出した。

「ルーイ」

 呼んだらすぐにルーイは立ち上がってちょこちょこ小走りで来てくれる。愛らしいねぇ。視線を合わせるように、少しだけ身体を傾けた。

「ナディのとこの竃に火が点いたら、これ置いて、この辺りまで水をお願い」

「うん、分かった」

 私から大きな鍋を受け取ったルーイは、小さな身体で抱えてナディアの方へと歩いていく。うーん、後姿が可愛い。重たい鍋じゃないけど、大きいからあの子が持ってるだけで頑張ってる感じがするのだ。

「他は~?」

「えーと、そうだな」

 にこにこしながらルーイを見守っていた私に、近くのテーブルに座っていたリコットが問い掛けてくる。献立を思い浮かべ、調理台を振り返った。そうか、さっきのナディアは私が一人で調理を始めたことに呆れてわざわざ声を掛けたんだな。考えごとをしていたせいで、手伝ってもらう意識が今ちょっと抜けていた。

「よし。じゃあ、こんな感じで、お肉と野菜を交互に串に刺してくれる?」

 一本だけ見本を作ってから、小さく切り終えていたお肉と野菜をテーブルに移動させる。この作業はリコットとラターシャが二人でやってくれるみたい。

「まさか私は点火だけじゃないでしょうね」

「えぇ……」

 火を起こし終えたナディアがいつの間にか戻って来ていた。そんな不満そうに言わなくても。

「次の工程でお願いするので少しお待ちいただけますか……それと火の傍にいるルーイを見てて下さい……」

 そう伝えるとナディアは眉を寄せて返事代わりに溜息を落とし、また無言で離れて行く。どうしてよぉ。と思った直後にリコットの「過保護~」って声。いやいや、ルーイは賢いから大丈夫だって分かってるけど、念の為だよ!

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