第247話

「ごちそうさま! 後片付けをお願いします。一時間くらいで出発するよー」

「はーい」

 食後のお片付けはみんなに任せて、私は一度テントに戻った。

 そして一時間後、宣言通り出発準備をする。諸々を私の収納空間へと吸い込んで、馬車旅の続行。

 お昼も同じような感じ。昼食を作って食べて。片付けをお願いしている間、私はテントに入る。しかし今朝と違って私は一時間でテントを出られなかった。

「アキラ?」

「あっ、……うわ、ごめん」

 夢中になっていて約束の時間が過ぎていることに気付かなかったのだ。ナディアが様子を見に来てくれてハッとする。

「何をしていたの」

 少し呆れた声でそう言ったナディアが傍に立った。私はテントの中にベッドを出さず、テーブルを出していた。その上にはまた沢山の紙を並べている。

「図面? ……これは、農作業用の魔道具、かしら」

「そう。書き出しておいた方が、頭の中が整理しやすいし。うーん、ごめん、此処だけ」

 ちょっとキリが悪いから、もうちょっとだけ。ペンを動かしながらそう言うと、ナディアは「急いでいないから良いわよ」とだけ言って、テントを出て行った。確かに馬車旅のスケジュールも全部私が決めているし、みんながそれに何かを言ったことは無いけども。約束を破っていることには違いないのだ。急いで切り上げます。

 五分で何とか切り上げてテントを出たら、ナディアから話を聞いたらしいみんなから、根を詰め過ぎないようにと釘を刺されてしまった。

「まだ、エルフからの知識で辛いの?」

「ううん。早くスラン村に、楽をさせてあげたいだけ」

 ラターシャは書き出さないと私が辛くなるのかと思って、心配してくれているらしい。それにははっきりと首を振って否定した。知識はもう私の中に定着している。頭の中はもうほとんどごった返していない。

 だけどやっぱり書いた方が見落としが少なくなるし、実際に作る時にミスが出ない。エルフ印の魔道具だけあって作りがちょっと複雑だからね。慎重に作りたいのだ。どれも便利な道具ばかりだ。早く用意できれば、それだけ早くスラン村も日々の農作業が楽になるはず。

「まずは何を作るの?」

「最初はやっぱり『耕うん機』かな。地面の上を引いていくだけで土を耕せるもので、固い土にも使えるから、新しく畑の基礎を作ることも出来るんだよ」

 女性の力でくわを使って畑を耕したり開墾したりするのは大変だし、時間も掛かる。だけどそれを魔道具で楽に簡単に出来るなら、畑を増やすことも、維持することもずっと容易くなるだろう。

「しかも私の場合は、ほら」

 収納空間から魔法石が入った巾着袋を引っ張り出して揺らすと、みんながハッとした顔をする。

「魔道具に、魔法石を使うつもり?」

「うん。エルフらが使っている魔道具より『強く』も出来るし、小まめに魔力充填もしなくていい」

 エルフらはどうやら人族よりも魔法に長けている。魔力が高いというより、ちゃんと魔法の教育が行き届いているのだ。

 ただ、あまり若くから強い魔法が使えるようになると危ないという理由から、魔力の扱いを教えるのは二十五歳を過ぎてから。そして魔力が上手く扱える者であれば、属性魔法も教えていくのだとか。この辺りも緑の秘宝からもらった情報だね。今や私は普通のエルフ族よりエルフについて詳しいのだ。

 何にせよ、そうして魔法の教育をきちんと受けているエルフ達は、属性魔法に適性が無くとも道具に魔力を充填するくらいは全員が出来るようになるみたいで、魔道具はそうして維持されていた。しかしスラン村の人達はエルフと違い、全員が魔力を扱えるわけじゃない。モニカは出来るだろうけど、モニカだけで魔道具用の魔力を全て賄うのは大変だ。

「そこで、私の魔法石。一つ放り込んでおけば、余裕で数十年は動くよ。魔力消費にもよるけどね」

 今の図面はエルフ用のものをそのまま書き出しているだけなので当然そんな仕組みにはなっていないものの、そういう風に改造したいって目論見である。

 ところで、そうこう会話している間に既にみんなを馬車に乗せて出発していたんだけど。突然、私は会話を中断した。

「アキラちゃん?」

「ごめん、ちょっと待ってね、通信が来た」

 少し慌てて伝えたので、みんなが背後でぐっと緊張したのが伝わる。まだ緊急連絡かどうかは分からない。そんなに怖がらなくて大丈夫だよって言い足したかったが、それより早く、相手が応答を求めてくる。聞こえてきたのは男性の声。――王様だ。

『はいはい、こんにちは。何ですか』

 いつも通り、少しの間を空けてから答える。王様はホッとした様子で用件を告げてきた。全てを聞き終えて、私は少し肩の力を抜いた。

『ちょっと今、手が離せないんだけど。一時間後と二時間後、どっちがいい?』

 私の問いに王様は少しだけ沈黙した後、私に断りを入れてから背後の従者と相談を始める。

 彼はこの国を治めている王だ。普通に考えれば毎日忙しく、色々と予定が詰まっているだろう。つまりすぐに応えられない場合でも、『早ければいい』というものではないはず。そう予想した通り、王様は『二時間後でお願いできますか』と返してきた。

『じゃあ二時間後に、また魔道具の傍に飛ぶよ』

『宜しくお願い致します』

 短い通信を終えて、一つ息を吐く。

「終わったよー、大丈夫、急ぎじゃなかった。二時間後、休憩する時に城に行くよ」

 軽く振り返って笑顔で伝えたら、みんな安心したような顔と、困惑した顔を同時に見せる。みんなが納得するまでそのまま向き合って会話をしたいが、馬車はまだ動いている。ずっと後ろを向いていたら危ないので前を向いた。自動車じゃないし、危険を察知したらサラとロゼが鳴くか避けるかしてくれるだろうけど、やっぱり私もちゃんと前を見ていないとね。

「討伐依頼ではないの?」

「うん、魔法陣を消してくるやつ。そういえばそろそろだったからさ」

 リガール草の成長促進をしていたあの魔法陣だ。まだ城内の離宮に残っている。月末くらいに依頼をすると聞いていた通り、今はちょうど翡翠の月の末頃だからね。

「つまり薬草の栽培は順調だったんだね」

「うん。通年の倍以上の薬が作られる見込みだから、充分に行き渡るはずだよー」

「ん、そっか」

 リコットの声が少し安堵の色を混ぜていた。表情は見えないけど、リコットの為にもあの日は頑張って良かったなーという満足感がじわじわと湧き上がってくる。顔も見えない誰かを助けるより、懐の中に居る愛しい女の子の為の方が、どうしたってやり甲斐があるよね。私だからかな。

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