第244話

 とは言え。今の忙しいヘイディを長く引き止めたくもない。話を終わらせるべく、仕方なくこの点は引き下がった。

「また製図が終わった時に、色々教えてね」

「はい、お任せください」

 礼儀正しく美しい一礼を見せてくれてから、丁寧に挨拶を述べてヘイディは立ち去って行った。これからルフィナの元に戻って、何かの急ぎの作業をするんだろう。

 ところで私は誰に対しても割と不遜にフラットに喋っているけど、ヘイディは多分、少し年上だ。当然その姉であるルフィナもね。

「ん? っていうか急ぎの修繕って何だろ。大丈夫かな?」

 今更そんなことに気付いた。偶々とは言え私が此処に居るんだから、私に出来ることがあるなら手伝おうと思った。でもその思考を読んだみたいに、モニカがまた苦笑を浮かべる。

「二人に任せて問題ございません。昨夜、村へ入り込んだ小さな獣が、水路に穴をあけてしまったようで」

「あらら」

 魔物じゃなかったら、結界は反応しないからなぁ。ネズミやウサギになると、好き勝手に入って来ちゃうだろう。

「うーん、獣対策もしなきゃいけないかな~……」

 でも、害獣とそれ以外の切り分けが難しい。単純に『獣避け』を結界へ設定しちゃうと、サラとロゼも入れなくなってしまう。

「獣なら柵の強化だけでも事足りる。お前が一人で抱えるほどの問題じゃない」

 ぬーん、と悩んでいたらケイトラントにそう言われてしまった。

 確かに此処以外の街は丈夫な塀を作ることでこの問題を解決している。スラン村の柵は木製で隙間だらけだが、それは彼女らに整える余力が無いせいじゃないようだ。あまりに大きな柵や塀を作ると住民らの目も遮ってしまって、視覚による周辺の警戒が出来ないから、わざと隙間もある低い柵にしているとのこと。

 そういう事情も考慮した上で、今後の対策についてはこれから住民らが知恵を絞る予定だそうだ。もし解決が難しくて私の助けが必要なら改めて頼むから、それまでは気にするなと言い含められる。渋々頷いた。何というか、「自分でも出来るから手を出すな」と子に言われる親の気分である。

 とりあえず屋敷建築のお話はそういうところで終了した。最後ちょっと違ったけどね。

「さて、じゃあそろそろ行こうかな」

 みんなも朝食を終えていつの間にか片付けまで済ませてくれていたので、私が目の前のお皿を空にしたところで、いつでも出発可能となった。

「お前らは今どの辺りを旅しているんだ?」

「王都の南西にあるレッドオラムの街を発って、南のジオレンを目指してるよ」

 ケイトラントが他の街の名前をどれくらい知っているのかが分からなかったので、王都起点で伝えてみる。彼女は険しい顔で俯いて、二秒後に空を見上げた。

「かなり遠いな……」

「ふふ」

 とりあえず位置は伝わっているらしい。うん、此処はウェンカイン王国内でも北方だもんね。つまり逆方向だ。

「ジオレンに腰を落ち着けた頃に、図面を持ってまた会いに来るよ」

 ゆっくり滞在時間を取ろうと思ったら馬車移動中はちょっとね。勿論、緊急事態が発生したら話は変わるけどさ。

 来た時と同じく、人間と馬以外を全て私の収納空間へと吸い込んで、モニカとケイトラント、そして少しの住民らに見守れながら転移した。

 が、元と全く同じ場所には移動していない。何せ、あの時は平原のど真ん中だったので、日中に直接飛ぶには目立ち過ぎるのだ。私達が転移したのは、平原脇にあった森の中。

「え、何処」

「びっくりした……」

「こういうのは先に言って」

 即座にナディアに怒られました。女の子達にすら宣言せずに別の場所に飛んだ為、びっくりさせてしまいました。えへ。ごめんなさい。

 しかしサラとロゼは、ちょっとだけ周りを見た後、フンと息を強く吐いたくらいだった。もしかして慣れたの? すごいね。「そんなことより早く走りたい」って言ってるみたいで可愛いんだけど。

「こっちだよー」

 馬たちを引きながら、みんなにも此処へ飛んだ理由を告げつつ、平原へ出る。徒歩二分くらい。すぐそこだ。

「ん、周りに人は居なさそうだね」

 人影は無く、魔力探知にも何も引っ掛からない。よし、大丈夫そう。改めて馬車を収納空間から取り出して、出発準備だ。みんなを乗せて、サラとロゼを馬車に繋いで、私が馭者台に飛び乗る。

「じゃー、馬車旅を再開しますか!」

 女の子達が各々愛らしく返事をしてくれたと同時に、サラとロゼが張り切って足先を鳴らした。

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