第243話

 図面が揃わないと報酬を確定させるのは難しいから、それらの完成時に総額を決めて、支払いは進捗に従って出来高で少しずつ行う形式に決めた。

 時間の掛かる品だから、完成するまで一銭も払わないというのはやる気に関わる。いや、みんな真面目だからそんなこととは無関係に頑張ってくれるかもしれないけど、これは私の価値観である。

「ざっくり言うと、三つ建てたいなって思ってるんだ。私の家、それと連結させた侍女の家。一番大きいのは、この子ら四人が住める二階建ての家だね」

 少しは先に内容を共有しておこうと思って揚々と説明したら、リコットがクスッと笑う。

「そうなってたんだねぇ」

「事前に報告が無かったわね?」

「まあまあ……」

「楽しみだね!」

 四人それぞれが『らしい』反応を見せた。ルーイが最後に可愛く締めてくれたので空気が和らぎましたが、ナディアさんが怖い。いやまあそりゃ彼女達の屋敷も含まれるんだから、先に言えよって言われるのは、尤もでしかないんだけど。

「此処にある広場だけでは少し足りないな。時間を見て、私が広げておこう」

 女の子達の声を気にせず、ケイトラントが言う。

 この広場を建設場所として狙っていたのが容易くバレている。最初に家を建てる云々と宣った際、視線を広場に向けたから察していたのだろう。規格外に最強な私の家が村の一番表にあると安心感があるかなと思い、初めから決めていました。

 さておき、ケイトラントは事も無げに「広げる」と言っているけれど、彼女は一人で森を切り開くつもりなのか。君なら確かに出来るだろうけどさ。普通に聞けば無茶な話だ。

 みんなで「どの程度広げるか」を話し合っていると他の住民も来てくれて、広げる予定の場所に目印の木杭を立ててくれた。分かりやすい。話も早い。

「ありがとう! じゃあ結界もその少し外まで広げておくね~」

 言いながらぎゅんと結界を伸ばしたら、感心したように「おお」と周りから声が漏れる。それに紛れ、ケイトラントが溜息を一つ。

「だから礼を言うのはこっちだと何度言わせる」

「あー」

 毎回忘れる私を呆れていらっしゃる。ごめんね、何だか慣れなくてねぇ。

 ところで村の敷地拡大の為に森を開く作業は先んじて進めてくれるそうだが、結構それって大掛かりじゃない? 早くも私は出来高を支払うべきじゃない?

 そう思って伝えたんだけど、モニカが「せめてそちらはサービスで」というので、うーん、仕方ない。此処は甘えさせてもらうことにした。

「あ。噂をすれば、ヘイディだ」

「……顔まで覚えて下さっていたんですね」

 軽い足音が聞こえたので振り返ったら、村の奥から此方に向かって駆けてくる女性が一人。先程、話に上がった大工棟梁の娘の一人、ヘイディだった。私がすんなりと名を上げたことにモニカは驚いていたけれど、名前を覚えるのは得意なのでね、この村の住民十九名くらいなら一発ですよ。

「領主様、おはようございます、ヘイディと申します。ごめんなさい、姉のルフィナは今急ぎの修繕で手を取られていて」

「ああ、全然。むしろ君は抜けてきたんだね、わざわざありがとう」

 ルフィナが姉で、ヘイディが妹ね。最初の挨拶の時はそれぞれの名前しか聞いていなかったので、姉妹関係も今回初めて知った。覚えました。

 そしてこの話をするにあたって必要になるだろう二人がすぐに来られなかったのは、その『急ぎの修繕』が発生してしまったせいであるらしい。二人で作業していたものの、少なくとも一人はこの話に入った方が良いって判断で、お姉さんが残って妹さんはこっちに来てくれたって流れだと思う。走ってきてくれたのがその証拠。

 そして合流したばかりの彼女にモニカとケイトラントがこれまでの話を簡潔に伝えてくれる。諸々を聞いたヘイディが、何度か頷いた。

「この村の家屋は、周囲に生えているダラムという木を利用しています。正しい形で加工しますと、水にも湿気にも強く、かなり長く使える丈夫な木材になるので」

 先程決めたばかりの開く予定の敷地にもその木が含まれているから、ついでに木材として確保しておけば、建築資材の準備も兼ねられるとのこと。

「領主様に拘りの資材が無ければ、ですが」

「うん、その木材で大丈夫だよ。むしろ適した木材を教えてもらえて助かるよ」

 書物で色々と勉強をしているとは言え、どうしたって生まれ育ったのとは違う世界で、違う植物。全ての木から何が良いかって考えなきゃいけないとなると結構つらい。「ただそこにあった」という理由じゃなく、彼女らはダラムの木が建築用木材として適しているという判断の上で選んでいるのも分かって、なお頼もしい。図面が出てくるまで、他にも進められる部分は進めておいてくれるとのこと、だけど。

「急ぎじゃないから、みんなの身体に無理のない範囲にしてね」

 領主からの依頼だからって変に無理をされてしまったら困る。しっかりと言い含めたら、モニカは眉を下げて微笑んだ。

「お気遣いありがとうございます。承知いたしました」

「あと、怪我したら教えて。すぐに治癒に来るから」

 だけどそこまで続けたところで、一瞬しん、と沈黙が落ちて、何故か変な空気になる。何だ? 首を傾けようとしたところで、呆れたようなナディアの声が入り込んだ。

「この人の過保護は病気なので、すみません」

「えっ」

 びっくりして思わず振り返ったけど、ナディアは私と目を合わせてくれなかった。え、今のは別に過保護じゃなくない? 最初に村を登録する時に交わした契約通りですよ。怪我の治癒は。ねえ。

 しかし私以外のみんなが苦笑している。誰も私には同意をしてくれないらしい。全く納得がいきません!

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