第242話

 女の子達は少し慌てて食事の手を止めていたけど、私は手振りで続けるように促した。どうせ用があるのは私にだし、その私が食事を止める気は無いんだから女の子達なんて言わずもがな。

「ごめんね食事中で。食べてても大丈夫かな?」

「勿論でございます。むしろ私が謝罪すべきところです。お邪魔をしてしまって申し訳ございません」

 逆に謝る彼女の言葉に軽く首を振り、彼女と従者さん合わせて三人分の椅子を出した。ケイトラントの分も出そうかと思ったけど座りそうにないな。ちらりと視線を向けたら案の定、要らないって言うみたいに頭を振っている。

 そんなやり取りに気付いているのかは知らないが、モニカは私に丁寧にお礼を言ってから、従者さん達と共にその椅子に座った。ケイトラントは護衛よろしく彼女らの後ろに立っている。

「お食事はそのまま続けて頂いて問題ありませんので、少しお話を聞いて頂けますか?」

「うん」

 ところでいつも思うけど、そういう質素な椅子、モニカに似合わないね。今の彼女は綺麗なドレスを着ているわけじゃないし、普通の村人の服装だ。しかしそれでも彼女にはもっと上等な椅子が似合うと思う。こういうのって滲み出るんだよなぁ。なんて、早速私は別のことを考えてしまっていた。

「昨日から繰り返し、感謝をお伝えしているつもりでございますが」

「うん、伝えられてるよ~」

 大きく頷き、だからこれ以上はもう良いんだよと言うつもりで肯定する私。モニカも小さく頷いてくれた。でも受け入れはしなかった。

「しかしそれでは足りないのです」

 ふむ? サンドイッチを口いっぱいに頬張って首を傾ける。私の顔が面白かったのか、従者さん二人が笑うのを堪える様子が見えた。

「感謝の言葉を重ねましても尽くせぬほど、我々に対し、領主様が与えて下さるものは過大です。領主様にとって容易いことであったとしても、我々にとってはそうではありません」

 なんか話し方がね、ゆっくり逃げ道を塞いでる。

 以前に私が『大したことじゃないから』と言ってほとんどの見返りを求めなかったことを、モニカはよく覚えているらしい。私は口に入れたものの咀嚼を続けて黙ることで、静聴する意志を示した。それを正確に読み取ったモニカが、殊更にっこりと微笑む。

「ですので、感謝をお伝えする為にも。何か領主様のお役に立つ形で、労働をさせて頂きたく思っております」

 ふむ? 『私の為』と申されましても、お願いしたいことが特に何も無いから何も求めていないんだけども。欲しい時はちゃんと言うよ。リガール草の時みたいにさ。更に首を傾ける角度を深める私に、笑いを堪えている従者らはいよいよ震えているが、モニカは冷静に笑みを浮かべたままだ。

「宜しければ、『いずれ』ご自身で建設されると仰っていたお屋敷を、我々に建てさせて頂けないでしょうか?」

「なるほど?」

 おお。確かにそれは名提案かも。頭の位置を正常に戻し、私は目を瞬く。そしてそのまま周囲に視線を巡らせた。

「そういえばこの村、誰か専門の人が居るよね?」

 村にある建物は例外なくしっかりとした家屋で、少なくとも素人が適当に積んで建てたものには見えない。間違いなく、知識を持つ誰かが指示しているはずだ。私の問いに、モニカが淀みなく頷いた。

「はい。かつて我が侯爵家には、屋敷の修繕などの一切を取り仕切る大工一族がおりましたが」

 侯爵ほどの地位なら大きな屋敷があって、修繕だけじゃなく折々の改築・増築の為にお抱えの業者が居たってのは、納得が出来る話だ。それがモニカの場合はどこぞの一族さんだったと言う。

「以前に紹介させて頂いたルフィナとヘイディはその棟梁の娘であり、当時から現場にも出て経験を積んでおりました」

「へえ~、そりゃあ頼もしい」

 当時は半ば見習いだったそうだけど、この村にある建物は全て彼女らの知識と指示で建てたらしい。

 貴族の屋敷ってことはこの村にある家屋のような大きさじゃないから、更に専門的な知識を求められていたことだろう。そう考えると、その辺の町村で見付けた大工に製図などをお願いするよりも、彼女らに頼む方がずっと良いかもしれないな。それに今、私の中には新たに得た知識がある。

「多分、自分でも製図は出来るんだ。『エルフの知恵』があるからね。ただ、私には経験と時間と手が足りない」

 家の建築は一朝一夕で済むことじゃない。いくら私が無尽蔵に魔法を使えると言っても、木風呂ですら丸一日掛けてしまったんだから。あと、私は細かい魔法が苦手だ。結局は幾らか手を使う必要が出てくるだろう。

「だけどそれを君らが補ってくれるなら、ありがたいことではあるねぇ」

 そしてこの村のみんなが私に『依頼』されて『労働』をすることで、私から受ける施しを少しでも気楽に受け止められるなら、うーん、確かに悪い取引ではない。私は上半身を傾けるくらいに大きく頷いた。

「分かった。屋敷の建設は君らにお願いしよう」

「ありがとうございます」

 お礼を言われるのも何だかおかしい気がするけどさ。私がお礼を言う側だからさ。まあいいか。

「とりあえず私の方に、もう屋敷のイメージがあるから、一旦、分かる範囲で図面を書いてくる。それをルフィナとヘイディに確認してもらって、問題箇所は直してもらって……」

 初めて書くものだし、私の知識はあくまで机上の空論だ。実践的な意見が必要になる。何より、作り手が彼女らなのだから、彼女らが実現できない要望を書いてしまったらどうしても相談が必要だろう。そうしてお互いに合意が取れた形で図面を完成させてから、建設に着手してもらうという流れでお願いした。モニカも了承してくれた。

「だけど、やっぱり無償労働はさせたくないなー」

「お礼みたいなもんなのに、結局アキラちゃんは払いたいんだねぇ」

 後ろでリコットがそう言って、呆れたように笑っている。うーん、言われていることは、分かっていると思うんだけどさ。

「だって私にはお金があるんだ。君らに補ってほしいのは経験と時間と手、それだけだから」

 お礼と言われても、それが『屋敷の建設』となると今度は私が『過度』だと感じてしまう。家具を幾つか作りましたって言われたらありがたく受け取るけどさ、屋敷って、その程度の労力じゃないでしょう。そう訴えると、少し困った顔で聞いていたモニカも、最終的には頷いてくれた。

「承知いたしました。領主様はこの点を譲歩しては下さらないでしょう。ですが私共が改めて心苦しくならないよう、あまり高額にならないようにお願い致します」

 私が関わるといつも変な価格交渉になるんだよな。貰う側が値切るみたいなね。奇妙なことだよ。私と言う存在ほどじゃないだろうけど。

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