第237話

 それから、他には何を打ち明けなきゃいけないんだったかな。基本的には私が異世界の人間だって話で、説明が付くんだけども。

「ああ、そうだ。うーん、これも謝らなきゃいけないんだけど」

 隠し事をすると、後からいっぱい謝罪しなきゃいけなくて大変だなぁ。魔法の反動の時も大変だったもんな。何にも反省できていないところが私らしいよね。

「私にはタグって能力があってね、色んな情報、そして人の発言の真偽が分かるんだ」

 大まかにはそういう説明になるが、分かりにくいだろうから改めて丁寧にタグについて伝えた。中でも真偽のタグが、後から明かす時に一番申し訳なく感じる。

「ごめんね、嘘とか本当って見られたくない時は、無言が一番だよ」

 そう言うと、モニカは表情を歪めるどころか耐え切れない様子で口元を覆って笑い始めた。何か楽しいことを言っただろうか。不思議な顔をする私に、柔らかく首を振る。

「いえ、謝罪なさることはございません。そのような有利なスキルをお持ちでありながら、隠さずに明かして下さる誠意に、我々としては礼を述べるべきでしょう」

 えぇ。モニカって優しいな。本当って出てるし。ちょっと感動してしまった。彼女のような人格者が治める領地なら、きっと正しく、優しく、平等だったことだろうに。色んなものを奪われてしまった当時のこと、何にも知らないけど。犯人は私がその内ちゃんと殺すからね。勝手に心に誓った。

「アキラちゃん、それから、えっと私……」

「あ、そうだったね。この子のことも話すよ」

 ラターシャが私の服の裾を引っ張った。可愛いので反射的に撫でてしまうけど、そういうことじゃない。ラターシャを促して、帽子を取らせる。現れた耳に、またみんなが目を丸めていた。

「この子ね、此処とは違う場所にある里出身の、ハーフエルフなんだ」

 頭を撫でながら私がみんなに事情を話す。混血というだけじゃなく、肌の色も珍しいものだったことから根拠のない嫌疑を掛けられて、里から追い出されていたこと。行き倒れていたから、私が保護したこと。流石に私が異世界から来たって話よりは衝撃を飲み込むのが早かった。

「……珍しい種族が揃う村だな」

 ケイトラントは少し笑いながらそう言って、自身の折れた角を撫でている。ラターシャも何処か照れ臭そうに笑い返していた。まあ一番珍しいのは私だけどさ! 対抗するとこじゃないね。

「ってことでラタ、この村に居る間は帽子も取って大丈夫だからね」

「あ、そっか、そうだね」

 被り直そうとしたのか手元で形を整えていた帽子を見て言うと、少し手の中で帽子をもてあそんだ後、膝に置いていた。被らないで過ごせる時間が沢山ある方がやっぱり楽だよね。馬車旅でも誰とすれ違うか分からないからって、テントの中以外はほとんど被ったままだから。

「他の女の子らは特に隠してることは無いんだけど、まあ、変な組織に囲われてたのを奪ってきたって言うかね」

 雑に説明したらリコットが適切に補足してくれた。あまりに内容が――主に私の暴れっぷりが過激なので、モニカ達も最初は驚いた様子で聞いていたが、聞き終えた後は柔らかく目尻を下げ、「お嬢様方が領主様を慕われるお心が分かりました」と言った。だが残念ながらあまり慕われてはいない。悲しいから訂正はしない。

「さて。とりあえず報告は以上だけど、ごめん、もう一日滞在させて。私が疲れちゃった」

「勿論構いません。今回も本当に、ありがとうございました」

 モニカは快諾してくれた。ありがとうって何だっけと思った私は、やっぱり相当疲れているね。そもそも毒矢を受けたアイニを助けに来たんだもんな、そりゃそうだ。ちなみにアイニの健康状態は良好らしい。念の為まだ、レナの屋敷で寝ているそうだけど。良かった良かった。

 そうして説明会を終了した私達は門前に勝手に設置した野営場所に戻る。なんかドッと来る倦怠感に、思わずテーブルへ手を付いて項垂れた。

「ふー……」

「アキラちゃん、大丈夫?」

 慌てた様子で駆け寄ってきたラターシャが、私の丸まった背に手を当てる。大丈夫と返したいところなんだけど、私は正直に「あんまり」と答えた。そうとしか答えられなかった。

「今回は、色々ごめん、後で改めてちゃんと謝ります」

 俯いたままで、みんなの足元に視線を向けてそう告げる。

「でも一回、休ませて……」

「当たり前だよ。無理しなくていいから」

 優しいラターシャがそう言ってくれる横で、駆け寄ってきたルーイが椅子を持ってきてくれる。そうだね、一旦、座りましょうか。

「うーん、お風呂だけ、入る」

「えぇ、大丈夫なの? お風呂が好きだよねぇアキラちゃん」

 リコットが苦笑いしている。お風呂ね、大好きですね。それに今は身体じゃなくて頭と心が疲れてる感じなので、木風呂でゆっくり温まると落ち着く気がした。そう言うと女の子達は「まあ仕方ないか」と言うような顔をする。

 その時、不意に俯き加減だった私の頬に、冷たい手が添えられた。促されるようにして顔を上げたら、ナディアだった。

「ん、なに……」

「熱は無い、かしら。リコット?」

「はーい」

「イテ」

 促されてリコットも検温の為に触れてきたんだけど、ぺちって音がした。ほぼビンタだよ。勢いが良い。

「うん、大丈夫。平熱だね」

「リコのそれ本当に正確だよね。特技なの?」

 ようやく口に出して指摘したものの、リコットは爽やかな笑顔をにこっと向けて応えるだけで何も言ってくれなかった。まあいいけどさ。なお、ナディアの手は未だ私の頬に触れている。私の体温が移って、冷たかった手がほんわりと温もりを帯びていた。気持ちいい。頬を撫でてくれる手が優しくて、謝らなきゃいけない立場なのに嬉しくなってしまう。

「お風呂に入っている間に軽食を用意しておくから。少しでも食べた方が良いわ。昨日から何も食べていないでしょう」

「あー……」

 そういえば、何にも食べない私をみんなに酷く心配させてしまったんだった。あまりお腹は減ってないけど、口にすれば食べられるだろう。ありがたく頂くことにします。了承を告げて、重い腰を上げて木風呂の方へと向かう。これは昨夜も彼女らの為に出しっ放しにしていたのだ。あとは湯を溜めるだけ。

「脱ぐのは衝立の向こう」

「はぁい……」

 歩きながらシャツを半分くらい引き上げたところで、やや低めの声でラターシャに注意される。スラン村には女性しか居ないし、夜の平原以上に誰も来ないのになぁ。

 仕方なく言い付け通り衝立を越えてから脱ぐと、しっかり髪も身体も洗って、熱めの湯を溜めた木風呂に身を沈める。

 は~、疲れた。頭痛は無いけど、ぼんやりする。瞬きの度に走馬灯に襲われるみたいな感じで、意識が持っていかれそうになる。こりゃきつい。変に行き来するよりはと思って目を閉じてしばらく思考に浸っていると、どれくらい時間が経った頃だろうか、目を覆っていた手に不意に誰かが触れた。

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