第236話_スラン村帰還

 正直な感想。めちゃくちゃ疲れた。

 スラン村に到着すると同時に、三姉妹が駆け寄ってきた。不安そうな顔をしている。私が少し口元を緩めたら、彼女達はホッとした顔を見せた。私の表情が和らいでいることに安堵したんだろう。怖がらせてしまったことは、ちゃんと自覚している。ラターシャも彼女らに何と問われるまでも無く「大丈夫だよ」とだけ口にした。

「終わったのか?」

 門番をしていたケイトラントが問う簡潔な言葉に、私は頷く。

「うん、モニカのところで内容を報告するよ」

 私の言葉にケイトラントは頷くと、そのまま一緒にモニカの屋敷まで来てくれる。三姉妹も結果を知りたがったので、一緒に連れて行った。

 屋敷に着くなりいつもの大きな部屋へと従者さんが案内してくれたのに、既にモニカはそこに居た。ずっとそこで、私達の報告を待ってくれていたのかもしれない。きっと落ち着かなかったんだろうな。

 さて。今回ばかりは流石に自分の口で丁寧に余すことなく説明する。おふざけも無しでね。

「――だからもう、二度とエルフがこの村とその住民を害することは出来ない。安心して良いよ」

 血の契約について説明すると、そのようなものの存在は初めて聞いたと言いながらモニカらは驚きを見せていた。

 ただ、エルフ一族ならあり得るかもしれないという印象があるものの、まだ完全に安心した顔はしていない。私のタグのことが分かっていないと、その話自体が偽りである可能性を考えてしまって当然だ。やっぱり私のことも含め、全部の説明が必要だね。まあ、ちょっと順番があるので、後でね。

「貰った知識についてはまだ私が占有しているけど、ごめん、ちょっと落ち着くまで待ってほしい。かみ砕くのに時間が掛かりそうだ」

 今、かなり頭の中がごった返している。エルフの里でも言ったが、私は今すぐにでも眠りたいくらいに頭が疲れていた。しかしみんなに諸々を説明するのも私の責任だと思うから何とか踏ん張っているだけ。後でご褒美とか欲しいよ。いや、誰もくれないだろうけどね。今回は女の子達まで怖がらせて振り回したので、謝るのが先ですね。

 さておき、エルフらも言っていたが、得た知識でもって、この村の女性らでも扱えるような便利な農作業用の魔道具とか色々作れそうだと思っている。今後、畑を大きくすることも出来るし、日々の農作業ももっと楽に出来るかもしれない。そう言うと、ふとラターシャが何かを思い出したような顔で「あ」と言った。

「あれって魔道具だったんだ……」

 誰に言うでもなく呟いている声に、ふっと笑みが零れる。どうやら彼女も里では農作業を手伝っていて、その時に触れているみたいだ。ただ、扱っていた道具が魔道具であることまでは理解していなかったらしい。彼女の立場上、会話するエルフも少なく、道具は使い方くらいしか聞いていなかったんだろう。

「それから私の事情だね。今まで黙っていたことも、申し訳なく思ってる。ただ今から聞くことは、今後もこの村の中だけに留めておいてほしい」

 いつかこの村がもっと開かれて、外部とも交流が取れる日が来たとしてもね。まだ内容を明かさない状態でそんなことを約束させる私は卑怯かもしれないが、モニカ達はしっかりと頷いてくれた。

「私はね、今から三か月半くらい前に『救世主召喚の儀』で呼ばれた、異世界の人間なんだ」

 モニカとその従者二人、ケイトラント。その場に居た全員が大きく目を見開いて、絶句した。数秒後、最初に口を開いたのはケイトラントだった。

「お前……救世主、だったのか。規格外の強さも魔力量も……ああ、納得したよ」

 この話をして初めて「救世主」って言われなかったな。それがちょっと可笑しかった。ケイトラントの性格か、それとも、彼女の出身地と思われるセーロア王国ではウェンカイン王国と比べて救世主信仰が薄いのか。まあ何にせよ異世界から召喚されてくるのが救世主であることは、やっぱり誰にとっても、他国にとっても。当たり前のことなんだね。私は肩を竦める。

「救世主ね。そう呼ばれているけど、残念ながら救世の意志は無いよ」

 いつも通り私は彼女達へ、この世界に強制的に召喚されて全てを奪われた不満を語り、結果、一度は城と断絶状態だったこと。今は色々あって日雇いの魔術師として偶に仕事を手伝っているものの、まだまだ拙い関係だと話した。

「今のところ協力してあげてるけど、気に入らなければ潰しても構わないと思ってる」

 あっけらかんと告げたら、モニカらはやや戸惑った顔を見せ、私の女の子達は少し苦笑を零した。

「いずれ聞こうと思っている君らの『事情』も、それを使って城をいたぶれるなら、喜んで使うからね」

「……そのつもりも、最初からございましたか?」

「んー?」

 何処か不安そうにモニカが問い掛けてくる。私は首を傾けた。つまり彼女は今の話を聞いて、私がこの村を領地として確保したことに、また違う意味があったのかもしれないと思ってしまったのだ。城を脅迫する時の材料にする為、みたいな。

 だけどそれはちょっと、順番が違うんだよね。疲れ果てている今の私の頭で、どれだけ丁寧に告げられるだろう。いつもより少しだけ長考した。

「あの時の私にとって何より重要だったのは、此処が『国側』じゃないことだ。いざって時に裏切られたら困るからね。そういう意味ではどの集落よりも信頼できた」

 ウェンカイン王国内である限り、何処の町村も必ず、国との間に私より長い縁がある。救世主であって国民の信仰対象だったとしても、私が救世主であることを拒んでいるのだから信仰される保証はないし、国の偉いさんから権力で圧力を掛けられたら屈してしまう可能性の方が高い。

 だけど此処はそもそも、未登録の隠れ里だった。国から弾き出され、隠れることでようやく生きてきた人達だ。それだけで裏切らないという保証にはならないが、他の集落よりは私と立場が似通っている為、協力者になってもらうには最適な場所だった。

「それに、領地にした後だよ? 此処の代表であるモニカが元貴族様だって知ったのは」

 だから順番が逆なんだ。この村の『事情』で城を揺さぶれるかもしれないと思ったのはモニカと出会ってからなので、完全な『おまけ』だね。その指摘に、モニカが苦笑した。

「仰る通りです。失礼いたしました」

 深く頭を下げてくれるのを、「大丈夫だよ」と柔らかく返す。私はモニカの、そういう慎重なところが気に入っている。謝ることじゃない。大体、色々と隠し事をしていた私がそもそも悪いのです。

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