第231話
血の契約。それはエルフ一族のみに伝わる、魔術を用いた破ることの出来ない契約を指すのだと言う。
「先程、お連れ様が『秘宝』の効果について言葉を濁されていたことと思いますが、他にも彼女が、救世主様にお話しにならなかったエルフの情報が幾つかあるのではないでしょうか?」
アキラはその問いを受け、隣に座るラターシャをじっと見つめた。
「そういえば、里の入り口の位置は濁していたかな」
教えたところでアキラが結界を壊せるとはまだ思っていなかったのだろうに、ラターシャは「近いか」という問いに対して「近いと言えば近い」という曖昧な返答をしていた。あの時点で既にアキラを深く信頼していた無垢なラターシャを思えば、やや不自然な警戒心だったようにアキラには感じられる。だがヒルトラウトはその言葉に、当然のように頷いた。
「それは血の契約の影響です。エルフは他の種族へ、里の入り口の位置を伝えることを禁じています。他にも秘宝の特徴、正確な在り処、そして各秘宝が持つ固有の性能を語れません。これらを語る権利があるのは、各里の長のみ」
その説明にアキラも納得した様子で軽く頷いた。ラターシャが当初エルフの結界について言及した時も、結界の影響で魔物が少ない点だけに触れており、秘宝がどうということは一切言っていない。そして秘宝についてアキラに話した際も五つの里がそれぞれ分けて持っていることは話していたが、秘宝とは何かを具体的に告げなかった。特に必要な内容でもなかった為、アキラも気にしていなかったけれど。
「いや、秘宝の詳細はそもそも知らないだけだけど……」
苦笑いでラターシャが付け足したそれもまた、妥当な話だ。彼女は里を追放された時点ではまだ十五歳だった上に、ハーフエルフとして立場も悪かった。大事な秘宝について詳細を伝えてくれる者などは居なかったことだろう。母が少し教えてくれることだけがきっとラターシャの知識の全てだったはずだ。そんな限定的な知識でも、彼女の里が持つ秘宝の固有の性能については知っているらしい。しかし彼女はそれを、誰より信頼しているアキラにも語れない。
「これはエルフの血から血へと受け継がれ、その血を持つ以上、抗えない契約なのです。……何代にも
「エルフが血に拘るのにはそういう側面もあるのか」
アキラの言葉に、ヒルトラウトが肯定の意味で頷く。勿論、ラターシャが以前に語っていた寿命に関することや、文化的に純血を尊ぶことも事実だろうが、血の契約を守る意図もあったらしい。
「しかし、禁則事項が随分と限定的だね? 他種族との交わりもそうして禁じてしまえば出やしないのに」
この指摘にも、ヒルトラウトは動揺を見せずに頷く。アキラがそのような疑問を抱く可能性は元より予想していたのかもしれない。
「この契約には、膨大な魔力を必要とします。契約内容によってその魔力量も変動する為、内容を限定しなければ扱えないのです」
範囲を広げるならばその分、必要とする魔力量も増加するということのようだ。そしてその『膨大な魔力』もエルフらが一丸となって集めなければ実現できないことが多い。一度結んだ契約は解除できず、既存の契約を覆すような内容も設定できないことから、禁則事項の取り決めはエルフにとっても慎重にならなければならないものだった。結果、反対派や慎重派の多い内容であればそもそも魔力が足りず、実行は不可能とのこと。強制力の強さを思えば、妥当な話かもしれない。
「此処がまず、一つの課題です。限定的な契約しか結ぶことは出来ませんので、救世主様の『村』とその『住民』に対して害を及ぼさない、という契約が限界です」
契約内容の『害を及ぼさない』という部分を広く捉えさせ、直接攻撃が出来ないのは勿論、住民らが食べそうなものや触れそうなものに毒を盛ることも出来ないし、罠を張ることも出来ない。他の種族に彼女らを傷付けるよう依頼することも出来ない。その分、対象範囲は限定せざるを得ないのだとヒルトラウトが丁寧に説明した。つまり、対象をウェンカイン王国の全国民にまで広げることは不可能なのだと。
しかしこの課題は、アキラにとっては取るに足らないものだった。他の善良な領主なら眉を寄せるのかもしれないが、アキラはそもそもウェンカイン王国に何ら愛着が無い。彼女の表情は少しも変わらなかった。
「それはまあ、いいかな。村さえ無事なら。ちなみに住民が代替わりしても問題ない?」
「はい、問題ございません。村が存続する限り」
「それなら良いよ。他の課題は?」
あっさりとそう述べるアキラにヒルトラウト達はやや安堵の表情も見せつつ、少し複雑な色も混ぜる。この無情さと容赦の無さが今は彼女らに向けられていないだけであり、その性質がアキラの中にあることは、彼女らにとって不安要素でもあるだろう。しかしそんな感情をアキラにぶつけることも出来るはずが無く、ヒルトラウトは切り替えるように喉の奥だけで小さな咳払いをした。
「二点目の課題は、契約に必要となる『膨大な魔力量』です。我が里の全員が限界まで切り詰めて溜めたとしても、必要量を集めるのには三か月ほどお時間を頂きたいのです」
緊張の面持ちのまま語るヒルトラウトに対し、アキラは軽く頷いている。範囲をどれだけ限定しようとも、語られる『血の契約』の強制力と、『害を及ぼさない』の解釈の広さを思えば納得だからかもしれない。しかしヒルトラウトは少し急いた様子で言葉を紡ぐ。
「次の課題はそれに関わることでして、その三か月間を如何に保証するか、という点です。皆で案を出し合いましたが、救世主様にご納得いただけると思える案が出ていません」
彼女らへ与えられた時間は短かった。おそらくほとんど眠ることもせず話し合い、この提案を作り上げてきたのだろうけれど、仕上げるには間に合わなかったようだ。傍観者であればそれを仕方がないことであると思えるが、当事者として追い詰められている側であるエルフ達は、その事実をアキラに打ち明けるのはさぞ恐ろしく感じているのだろう。全員が表情を青くしながら、アキラの反応を見つめている。
「いっそのこと三か月間は里へ籠り、一切の外出を禁じ、救世主様に入り口を外から塞いでいただくことが可能ならば、それでも構わないのですが、如何でしょうか」
静かだったアキラは意見を求められたところで少し姿勢を変え、「うーん」と声を漏らす。
「やったことないなぁ。出来なくはないだろうけど」
結界術の応用で、入り口そのものを塞いで出入りさせないようにすることは、アキラならば可能だろう。不安そうにアキラを見つめているエルフらに気付いているのかも判別できない飄々とした態度で、アキラはまた首を傾けた。
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