第229話

「昨日は見なかったけど、その父親は?」

「ハーフエルフの母と刺し違える形で、既に亡くなっております」

 子供が狙われた時点で、当然、その母も死に物狂いで応戦していたようだ。だが結果的に母子は共に倒れ、加害者であったカルリトスの父も、反撃の際に受けた傷が深く、間もなく命を落とした。

 ただ、エルフの里で同族殺しは重罪だ。正当防衛などの事情でも無ければこれも極刑となる罪の為、彼も生き延びるつもりではなかったのだろうとヒルトラウトは言った。その時、アキラは何か気に障った様子で眉を寄せる。

「その規律、『同族』にハーフエルフは含まれる?」

「は、……ええ、含まれます」

 ヒルトラウトは、どうしてその問いを受けたのか分からないような不思議そうな顔をしている。ヒルトラウトの回答は『本当』だ。しかしアキラは一層、怒りを募らせたように目を鋭くした。

「この子は生きる術が無いのを分かり切った状態で里を追い出されて行き倒れていたんだけど。それは殺しにならないの? それとも里が違えばルールが違うのかな」

 この時、最初に口を挟もうとしたのはアキラの隣に座るラターシャだった。しかしアキラが手振りで制した為、そのまま口を閉ざす。二人のやり取りを見ながら少し動揺を見せていたヒルトラウトは、心苦しそうに視線を落とした。

「説明が不足しておりました。『里の中』での規律です」

 里の用事で外に出ている場合はその類ではないが、それ以外で外に出れば守るべきは外の規律であって、里の規律が守られたかを確認することは出来ない。また、里内で何か罪を犯した者に対して『追放』という刑が下ることもある。そうして追い出された者達が外で結果的にどうなろうと、自分達が齎したことではない、つまり殺してはいないと考えるのが実情であるとのことだった。

 けれどこれは裏を返せば、里に居る限り、ハーフエルフであったとしても困っている隣人は助けるべきと見做される。つまり病で伏せっていたラターシャの母だけではなく、未成年であったラターシャも衣食住は守られていたはずだとヒルトラウトは言った。それを与えずに死に至らしめた場合、同族殺しの罪に相当するのだそうだ。アキラが視線を送れば、ラターシャはヒルトラウトの説明に同意するように何度か頷いた。

「そう。納得は出来ないけど、まあいい。この里じゃないからね。脱線させてごめん。続けて」

「いえ……」

 やや申し訳なさそうに応えると、ヒルトラウトは二人に向かって、おそらくは特にラターシャに向かって、詫びるように頭を下げてから、話を続けた。

「カルリトスは、同族殺しを行った父の姿を見て、却って意固地になりました。自分の父は間違っていなかった、正義を貫いたと言い続けていたのです」

 当時のカルリトスは九歳、そして今年で彼は十三歳。いずれにせよ弓を教えるにはまだまだ早い年齢だ。それにも拘らず、彼が望む通り、エウリアが早くから弓を教えていた。つまり正当な手順で彼は弓を習っておらず、修練に使ったのは母が持っていた成人用の矢。彼があの黒羽根の矢を持っていたのもその為だった。

 里ではそのことを何度も注意していたが、彼女もまた、聞かなかった。エウリアには夫やカルリトスほどの過激な思想は無かったものの、子にあまりに甘かったのだ。夫に対しても同じだった。

 それでも里としてそんな二人に極端な措置を今まで取らなかったのは、『他の種族』と触れ合う機会が無く、危機感を抱いていなかったせいだ。

 結界を出入りする許可はそう簡単に下りるものではなく、カルリトスは勿論、エウリアも持っていなかった。だから、里内だけでその極端な思想を掲げるのも、ある程度は見逃されてきたらしい。

 そこまでの説明を受けたアキラは、額を軽く押さえながら短い溜息を零す。

「あの親子を庇う人が出てこなかった理由がよく分かったよ。私が怖かったのもあるだろうけど、君達はもうほとんど彼らの仕業だと、確信していたんだね」

「はい、御指摘の通りでございます」

 最初は、単に『悪しき人族が再び里を侵しに来た』と思い込み、深く考えずに攻撃した。しかしアキラがあの少年――カルリトスへと辿り着いた瞬間、エルフらはアキラの言葉の意味、そして状況に気付いた。罪があるのは此方側。相手は、『加害者』を探し当ててきたのだと。同時に全員の足が止まる。

 最悪の場合、このまま矢を射れば――。アキラへの恐怖ではなく、事態の大きさに気付いた恐怖が、あの時、彼らの攻撃を止めていた。

「事前にカルリトスを止められなかったことはお詫びして足るものではございません。救世主様はお連れ様と共にたったお二人でいらっしゃいましたが、もっと大きな街で騒動を起こしていた場合、ウェンカイン王国が立ち上がり、エルフ一族との戦争となった可能性もございましょう」

 現王はあのガレン国王である為、流石に先に話し合いが入るだろうが、相手を間違えればそのまま戦争となる問題であったことは間違いない。交流断絶を求めた立場でありながら、一方的に接触し、毒矢を射たのだ。言い逃れのしようが無い。

「四日前に、我が里で神事がございました。その後、酒が振舞われます。エルフらの気が緩む日です。結界の通行札や、持ち出し禁止の毒は、その際に盗み出されてしまったようでした。直前の定期点検では問題がありませんでしたので」

 エルフにとって、同じ里に住む者達は家族にも等しい。彼らにも確かに規律があり、重要な物の傍には見張りがあり、点検もある。しかし、それが何処まで厳密で、『疑う』思いで続けられるだろうか。里に籠るような暮らしを始めてから途方もない年月が経っており、エルフら一人一人の寿命も長い。数百年来の隣人を、その家族を、どうして犯罪者の可能性があると思いながら警戒できるだろう。あの親子の思想や行動が目に余るものであっても、里の中――つまり『家庭内』に留まっていれば「仕方ない」程度の考えで見過ごされてきたのだ。

 起こった事実を思えば許せないものの、色々と緩かったのであろうことは理解の出来る経緯だった。

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