第217話
とりあえず私が事前に考えていたレシピは三つ。口頭だと分かりにくいかもしれないので、紙に書き出したやつも合わせて見せた。勿論、ウェンカイン王国の言語でね。
「ナディも何か、やってみたいものはある?」
「そうね……」
今見せたレシピも以前ナディアと考えていたものの延長なのだけど、いざ書き出しているのを見たらまた違う発想が出てくるかもしれない。案の定、しばらく紙を眺めたナディアが新しい意見をくれた。
「これに、サリの葉も加えて香り付けしてみたいわね。サリの葉はある?」
「ある! 良いね、美味しそう。やろうやろう」
サリの葉はミントみたいな香りの葉だ。微かにスパイシーな香りもあるので、一層私に馴染みのあるホットワインの味になってくれるかも。前回ナディアと飲んだ時はただただワインを温めただけだったから。ペンとインクを取り出して、私のレシピに追記する。今のは変更だったけど、更にもう一つナディアが新しい組み合わせを提案してくれたので、それも追加して、合計四つのレシピを試してみることにした。
今夜は味見だけのつもりだから、余った分は漬けたものを取り出して冷蔵しておけば少し保つかな。私が明日以降、のんびり消化します。美味しいものはみんなと分けよう。
「じゃあ早速やってみようか」
早速立ち上がって道具も取り出したら、少しだけナディアの口元が笑う。私の張り切りっぷりが可笑しかったらしい。でも笑顔なら何でも嬉しい。
そして二人で調理と味見を繰り返した結果、三つのレシピは美味しく出来た。サリの葉を加えたやつも上出来だ。ただ一つだけ、果実の香りがワインに負けてしまって薄ぼんやりとしたものになり、失敗だった。
「皮も足して、少し長めに漬けてみるのはどうかしら。ワインが薄くなってしまうかもしれないけれど」
「いや、物は試しだよ、やってみよう」
レシピの改善案を話し合う。長く漬ければそれだけ果実から水分が多く出てしまうので、薄くなりそうと言うナディアの考えも分かるけれど、結局やってみないと分からない。ナディアが皮を洗って切ってくれている間に、私は合格した三つの方の保存処理を済ませておく。長く漬けたまま放置したら、折角の味が変わってしまうからね。
その後、小さく切られた皮を受け取り、既に作ったのとは別に、皮だけをワインで少し温めてから元のものと混ぜた。
「あ、さっきよりマシかも」
「そうね、皮の香りが思ったよりワインに合うわ」
微かに混ざる苦みもアクセントになって悪くない。でもまだ薄い。時間を置くことでより良くなってくれることを信じ、粗熱を取って別の容器に移しておいた。
「はー、楽しかったー」
「ふ、そうね、夢中になってしまったわね」
小さく漏れてきた笑い声に反応して顔を上げれば、またナディアの口角が少し緩んでいる。可愛い。ちょっとずつだけど、笑ってくれるようになってきたかな。すぐにでも抱き締めたい一心で、張り切ってお片付けをした。一秒でも早く一緒に寝たいので、ナディアには先に寝支度を始めてもらおう。テントに促す私に軽く首を傾けていたが、特に何も言わずに従ってくれる。思考がバレていませんように。
「あのさ、ナディ」
しかし片付けを終えてテントに入る頃に、私は大事なことを思い出した。既に着替えてベッドに座り、髪を編み込んでいたナディアが、改まって話し掛けた私に対して不思議そうな顔で振り返る。
「リコにね、心配を掛けた次の夜は一緒に寝ようって、前に言われてさ」
「らしいわね」
まあ聞いているよね、そりゃね。私も着替えを終えて、彼女の隣に腰掛ける。ナディアはちょうど髪を整え終えたらしく、先にころんと寝転がった。それ可愛いんだよね。お話を止めて覆い被さりたくなるね。尻尾が座りの良い場所を探してふわふわ揺れてから、ぽとんとベッドに落ちた。はー、それも可愛い。撫で回したいんだけど尻尾はちょっと遠いし今触るのは不自然だから、近くにあるナディアの猫耳ごと頭を撫でる。ナディアは一連の私の思考を読み取ったみたいに呆れた様子で目を細めた。
「それで?」
「あ、うん」
忘れてた。私が話してる最中だった。
また呆れた顔をさせてしまうかと窺えば、私に撫でられながらナディアは目を閉じる。心地よさそうにしてくれている気がして、堪らなく愛おしい。いちいち話題から思考の逸れる自分の脳を叱咤して、今度こそ頭を切り替えた。
「翌日にはナディを誘えって言うんだよ。そこまでがリコの要求でね。そりゃ勿論、嫌々ってことはないんだよ、君と一緒に寝れるのは私とって嬉しいだけのことだから」
そう話す私のことを、再び目を開けたナディアがじっと見上げてくる。表情は変わらない。無反応ってそれはそれで怖いんだが。でも何も言わないので、そのまま言葉を続けた。
「三人がそれぞれ自分のお願いをしてくれてる中で、ナディだけ何も聞けてないのが気になってるんだ。ナディからは、何か無い?」
すぐには、何も言葉が返らなかった。黙ったまま、ナディアが軽く寝返りを打つみたいに動く。私は少し慌てて手を離した。振り払うつもりなんだと思ったからだ。でも離れた手をちらりと見たナディアは、そのまま私の手の近くへと再び頭を下ろしてきた。まだ触ってても良いって意味かな。そろりとまた触れてみても首を振らなかったので、良いみたい。ナディアの猫耳はいつ見ても可愛いなぁ。結局、思考がずれていく。
「別に、これでいいわ、私も」
返事が予想外だったことから、一瞬、何を言われたのか分からなかった。猫耳を撫で回していることではないよね。夜に一緒に寝ることだよね。いやそれでも分からないが。
「……これ、ナディに何か得ってある?」
「そんなことをあなたが考える必要は無いのよ」
「えぇ」
冷たいよう。だけどこれが贖罪なら「ちゃんと償いになっているか」が気になる私はそんなにおかしいだろうか。
「全体的に、むしろご褒美になっちゃってる気がするんだけど」
「……袋叩きにしたら、それこそあなたは隠すでしょう」
「なるほど?」
食い下がってみれば一番納得のいく回答が来た。反動が出た時に隠さずに打ち明けると、全快した後こうして一緒に寝てくれたり、一緒にお出掛けしてくれたりするって思う方が、確かに言い易くはある。上手にコントロールされていたのか。
何だかそれが無性にむずむずと嬉しくて、ナディアに覆い被さった。唐突で驚かせてしまったらしく、猫耳がぴんと後ろに倒れてしまう。それを慰めるみたいに手の平でゆっくり撫でながら顔を寄せ、ねだるように金色の瞳を覗き込んだ。ナディアは何処か呆れた顔をしながらも、目を閉じてキスを受け止めてくれた。
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