第216話

「前にもナディ姉が言ったけど、これはアキラちゃんの旅だからね。何も不満は無いよ」

 改めて私にすり寄るように体勢を変えながら、リコットがそう言った。彼女からすれば組織に居た頃の馬車旅が過酷だっただけだろうけれど、『本当』のタグが伸びてくれることに一先ず安堵する。

「ただアキラちゃんは隠しごとの常習犯だから、疑問に思ったら聞いておかないとさー」

「うーん、何も言い返せない」

 日頃の行いのせいでね、信用を失っていくんですよ。外出も今はもう大体が見張り付きになったのでね。

「ま、私は言えた口じゃないけど」

 リコットがぽつりと小さな声で付け足した言葉を、私はすぐに理解できなかった。少し沈黙してからようやく思い至って「ああ」と声を漏らす。そういえばこの子は、魔法がみんなより扱えることを隠しているんだったな。すっかり失念していたのがリコットには伝わってしまったらしく、呆れたように苦笑していた。

「リコのは別に、いいんだよ」

「慰め方が雑じゃない?」

 頭を撫でながら何がどう違うのか一切説明せずに言ったら、更に笑われてしまった。でもなぁ、やっぱり違うと思うんだよ。リコットは自分の心を守る為にしていることだから。一方、私の場合、特に理由は無い。面倒くさいとか、後でいいかなぁとか、怒られたくないなぁという横着や逃げがほとんどだ。全然違うでしょ。

 ところでリコットさん、何だか満足げに目を閉じて眠ろうとされておりますが。私の質問、忘れてない?

「で、欲しいものは無いの?」

「あー、そうだった」

 本気で忘れてたんだね。でももう眠いなら今度で良いよって言ったら、リコットは小さく首を振る。私を見上げている目は少し眠気を宿すものの、彼女は未だ話していたいらしい。

「それなら、うーん、自分じゃ買うのが難しいものにしようかなぁ」

「おっ、いいね。何でも言って」

 自由に出来るお金をそれなりに渡しているリコットからそう言われると、わくわくしちゃう。何かな。土地かな。店かな。城かな。キラキラの目で待っていたら、「値が張るってことじゃなくてね」と苦笑いされた。違うのか……。そしてどうやら表情だけで思考がバレてるようだ。キリッとしていよう。キリッ。おかしいな。また笑われた。

「魔法の杖が欲しいな」

「おぉ」

 予想外だったけど、納得も出来る。杖が無くとも魔法は使えるが、杖にはそれぞれ特殊なスキルが付与されているのだ。全ての魔法ステータスがカンスト気味の私にはあまり必要ないものの、みんなは魔法がもうちょっと扱えるようになったら、杖を持ってステータスを底上げする考えは悪くない。特にリコットは既にそれなりに魔法が扱えているわけだし、先んじて持って早めに慣れてしまうのは良い発想に思えた。

「どんなスキルのものが良い?」

「その辺はアキラちゃんおまかせコースで」

「あー、なるほどね~」

 突然おねだりが想像を絶する難易度になって笑ってしまう。転移で何処にでも行けるとは言え、やっぱり今は馬車旅の真っ最中で毎日ウィンドウショッピングが出来るわけじゃない。これだと思えるスキルを持つ杖を、さて、どのようにして探し、手に入れよう。難し過ぎる。しかし可愛いリコットの為なら叶えるしかない。

「分かった、頑張ってみるよ」

「うん、楽しみにしてる」

 あとは誕生日当日に食べたいご飯やケーキを聞き出しておいた。リコットの誕生日も、がっかりさせないように張り切ってお祝いしないとね。しかも二十歳の誕生日だから、合法的にお酒が飲める。私の誕生日に少しフライングで飲ませてしまったのは置いておくとして、リコット好みなカクテルも用意しよう。

 そんな話をぽつぽつと重ねている内に、リコットはゆっくりと眠り落ちた。この子は少し、寝付きが悪い。だから抱いた日なんかは特に、彼女がしっかりと眠ってしまうまで私も付き合うようにしていた。添い寝されると一瞬で記憶が無くなるんだけど、こういう時はちゃんと起きていられるんだよね。不思議。でもリコットの寝息を聞いていた記憶は数分程度しか無く。私もすぐに眠ってしまったようだ。

 そして翌日。

 今夜はナディアをお誘いするというミッションがある。しかし流石にリコットと一夜を過ごした翌朝早々に誘うのはちょっとアレなので。昼休憩の時にしましょう。と思って先延ばしにしたら、ちらちらとリコットから視線が注がれた。分かってる、分かってるよ。ちゃんと誘いますから。

 昼に至るまであまりにも視線が来るので一度ウインクを返したら前髪に風が来た。やめてよ風生成で脅さないでよ。上手だね。

 そんなプレッシャーも受けながらようやく迎えた昼休憩。食後の温かい飲み物をそれぞれに手渡しながら、意を決して彼女へと声を掛ける。

「ナディ」

 飲み物を渡すタイミングだったから、その為だけに名前を呼ばれたと思ったらしいナディアはすぐに反応せず、ただ飲み物を受け取った。私が待っているのに気付いてから、やっと顔を上げて、首を傾ける。

「今夜ちょっと付き合ってほしいんだけど、夜更かしできる?」

「……構わないけれど」

「それから、一緒に寝よ」

 付け足すようにそう言ったら、ナディアは一拍後に更に首を傾けた。

「それが夜更かしではなくて?」

「うん、その前にちょっと別件」

 嘘ではないが、詳細は言わなかった。ナディアは怪訝な顔をしながらも、特に追及することは無く了承してくれる。ふう。とりあえずこれでもう、リコットからの圧は来ないな。一つミッションを乗り越えた気がした。実際のミッションはナディアと今夜、寝ることなんだけどさ。

 その後、何事も無く馬車旅が進み、迎えた夜。

 三人を大きい方のテントへと見送った後、のんびりとテーブルに座っているナディアを振り返る。

「この前に言ってた、ワインを果実と一緒に温めてアルコール飛ばすやつ。ちょっと色々、味見をお願いしていい?」

 私の言葉にナディアはそういうことかと言うような顔をして、頷く。これは誘う口実でもあったけれど、元々ナディアに手伝ってもらおうと思っていたことなので用件としては本当だ。ワインの味に慣れていないと試作段階から付き合うのは子供達には難しいだろうし。それに早めに良いレシピが確立できればみんなにも沢山飲ませてあげられるからね。

「何を使う予定なの?」

「えっとねぇ」

 候補の果実やスパイスを収納空間から取り出しながら、私は一つずつレシピを説明した。

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