第215話_馬車旅
「リコ、今日一緒に寝よう」
お昼になって馬車を止め、みんなで昼食を取っていた時。私はふとリコットにそう声を掛ける。リコットは私を振り返ると、ふにゃっと笑って頷いた。何それ可愛いな。そうです、延期していた例のあれです。
「ラタとルーイのお菓子作りは、もう少しレッドオラムを離れるまで待ってね」
「うん」
「はーい」
代案を出すと言っていた二人からは、「一緒にお菓子作りがしたい」という愛らしいお願いを聞いた。発想が何処までも可愛くて堪らない。外でも作れるお菓子を考案し、ちゃんと材料も道具も揃えてあるのだけど。レッドオラムを離れた目的を考えると早めにこの付近からは離れたいので、二日くらい待ってもらう予定だ。二人は快諾してくれた。
「外で作ったり食べたりするのも結構楽しいよね、アキラちゃんのお陰で快適だし」
「結局それが一番重要だよね」
不意にリコットが言った言葉に、ルーイが同意して笑っている。
彼女らが組織で連れ回されていた頃はとてもじゃないけどそんな風には思えない環境だったろうし、そうじゃなくとも、外で真っ当に食事なんて出来ないことが旅人なら普通だろう。そんなことを考えながら、私は出来上がったばかりの温かいスープをみんなに手渡した。
レッドオラムで用意してもらったお弁当があるものの、温かいものもあった方が良いと――少なくとも私が欲しくなってしまったので、
なお、火はもう全部ナディアに点火してもらっている。火の始末もこれからはリコットが砂を生成してやってくれるらしい。洗い物用の水も、半分くらいはルーイに任せて大丈夫で、乾かす作業はラターシャが風でやってくれる。つまり雑用が最近とても楽になっている。みんな随分と生成魔法に慣れてきたよね。
しかしレベル2の操作魔法はまだリコット以外の誰にも出来ていない。まあリコットも隠しているので、出来ていないことになっているけど。
レベルが上がるとかなり難しいようだ。地道に成長して行こうね。ちなみに以前ナディアに「レベル2までは全員扱えるようになると思ってる」と話した内容については、後日みんなにも伝えてある。上達が見えないことでそれぞれ不安な気持ちがあったのか、ホッとした顔をしていた。大丈夫だよ、みんなは優秀だからね。他の魔術師がどの程度で扱えるのかは知らないけど、多分、何となくね。
昼食後には少し長めの休憩を取ってもらってから、また馬車を走らせる。それ以降もサラとロゼの為に休憩は回数を多めにしたのだけど、張り切っていた二頭のお陰か、予定していたよりやや進んだところで日暮れを迎えた。近くに森などが無い見晴らしのいい場所だったから、安全に野営が出来そうだ。魔物が周りにいっぱい居ても私の結界は破れないとは言え、見た目が落ち着かないんだよね。居ないのは幸い。
そして日が変わる少し前に、私は約束通りリコットと二人でテントに入った。
「――そういえば、リコ、誕生日に何か欲しいものはある?」
リコットとは、行為の前にも最中にも結構、会話をするけれど、一番多いのが事後だ。身体を清めて服を着せて。改めて抱き締めた頃、リコットの方からぽつぽつ他愛ない話が始まる。可愛くていつも、長々とそれに付き合っちゃう。今夜もそうして話していた中で、ふと思い出して今度は私の方から問い掛けた。
「ふふ。私には直球で聞くんだね」
甘ったるい声でそう言って笑うリコットの吐息が腕に掛かって、何となく愛しい。意味も無く額に口付けたら、くすぐったそうにまたリコットは笑った。
「サプライズはもう無理だろうからねぇ」
「まあ確かに」
私と女の子達はお互い、誕生日を盛大に祝う意志があるのだと明らかにしてしまっている。例え私が当日まで黙っていたって、何か計画しているだろうなって思われるのがオチだ。
「だけど今は移動中だし、大掛かりなことは難しいでしょ?」
「そんなことないよ。リコが望むなら、好きなところに転移させてあげる」
「あー、その手があったか……」
腕の中でリコットが項垂れた。転移魔法でも叶えられないことはあるだろうけど、出来る範囲でね。
「だけど前にさ、転移のこと『そんなに簡単じゃない』って言ってなかったっけ。だから馬車で移動してるんだって。……スラン村に連れて行ってもらった時は、特に気にしてなかったけど」
よく覚えていらっしゃる。
アンネスで初めて転移魔法のことをみんなに打ち明けた時に言ったことだ。スラン村に全員で転移した後、少し経ってからリコットは不意に思い出して気になっていたのだと言う。さて、どう説明したものかな。理由は幾つかあるから、言葉を選んで短く沈黙した。するとリコットの方が先に口を開いた。
「あ、反動?」
「うん、それもある」
正解です。人数の多い転移を繰り返すことに、当時はまだ不安があった。麻薬組織の男らを運んだのが一番多い人数だが、あの後少し反動を喰らったからね。「難しい」とみんなにも伝えておくことで、転移を控える私に少し理解を示してもらえるかな、と思ったのだ。あの時は、反動について隠し通す予定だったんだよなぁ。見事にバレてしまったんだよなぁ。
「でも今は、転移じゃ反動は出ないよ。それより心配なのは、サラとロゼの負担なんだ」
「馬と人じゃ、何か違うの?」
「身体的な負担の違いは無いと思う。ただ、精神面がね」
リコットはよく分からないと言うように私の腕の中で首を傾ける。表情が無防備で可愛い。いや今そういう空気じゃないな。頬が緩んでしまう前に慌てて思考をシリアスの方へ戻した。
「口で説明して分かった上でも、転移は怖かったでしょ? 何も説明が理解できないあの子達が味わう恐怖は、また別だと思うんだ」
「あーなるほど」
何の説明も無くあの転移魔法に飲まれるとしたら、きっとリコットも怖くて堪らないだろう。その後も何も説明されなかったら、物凄く不安だと思う。私達はどうしたってあの子達に分かる形で説明をしてやれない。
「だから『緊急時』だけにしたいんだね」
「そういうこと」
レッドオラムが強襲された時のように、逃げる為にどうしようもない場合とか、背に腹が代えられない緊急時は仕方がない。そうなったらもう、その後のケアを入念にして、ストレスを残さないよう努めるだけだ。でもそうじゃないなら、不用意にあの子達を怖がらせることはしたくない。
「それに、転移でぽこぽこ世界を周遊するのは情緒が無いでしょ? 距離感も分かんなくなるし、気候が違う場所なら身体にも負担が掛かるし」
「それもそうだねー」
しれっと混ぜ込ませたけど、『情緒』も私にとってはちょっと重要なんだよね。折角、旅をしているんだから。
でもやっぱり、馬車旅でみんながあまりに疲労やストレスを溜めてしまって移動が困難になるなら、それも『緊急』だと思うし、そうなったら情緒なんか二の次で転移を使うつもりだよ。そう伝えたら、リコットは何故か少し可笑しそうに笑った。
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