第214話_レッドオラム南平原

 今日から久しぶりに馬車旅を再開する。準備は万端。ちなみに昨夜、ダリアにもネネにも挨拶をすることが出来た。一軒目で見付けられたダリアと違い、ネネは四軒の店を回って探した。結構色んなお店で営業してるんだねぇ。

「次の目的地って、何て名前だっけ?」

 ほろ馬車の中に設置されているふかふかの座席に腰掛けながら、リコットが問う。私はまだサラとロゼに馬装具を取り付けていて少し離れていた為、私に向けたものじゃないみたいだ。答えたのはルーイだった。

「ジオレン?」

「あーそれそれ」

 そう。これから私達は、レッドオラムの街から南下して、ジオレンという大きな街を目指す予定をしている。北はまだ兵士も多く、賊がそっち方面へ逃げたせいで全面に検問が張られていそうだから嫌だ。ということで南下しようと思うのだけど、まあ、検問が全く無いわけでもないだろう。その辺りは、直面してから考えます。

「よーし、出発するよ! みんなちゃんと座ってる?」

「うん、大丈夫だよ」

 手前に居たラターシャが答えてくれたので、私はリコットが買ってくれた帽子を被り、ラターシャが買ってくれたグローブを着けると、サラとロゼに出発を告げた。

 向かう予定のジオレンは、ワインの名産と言われるアルマ領で一番大きな街らしい。美味しいワインにありつけるかも! という期待を胸に向かいます。ちなみにアルマ領はウェンカイン王国の最南部にある領のようだ。

「うーん、ローランベルとレッドオラム間よりは近いかな?」

「そうね、縮尺があっていれば」

 地図を見ながら、ラターシャとナディアが話している。ナディア達と出会った街ローランベルを出発してから此処レッドオラムに着くまで、アンネスに滞在した十日間を含めて約一か月が掛かった。地図で見る限りはその距離の三分の二くらいだから、順調に行けば二週間ほどで着けるだろう。

「今まで気にしてなかったけど、手袋があるのは良いなぁ、手綱が握りやすい」

 手が痛いと思った時などはハンカチを巻いて対応していたが、守ってくれる布が手にフィットしているというのはそれだけで随分と楽だ。もっと早くに買えば良かったなぁ。ラターシャに感謝だね。ナディアとルーイから貰った上着とベルトはまだ使っていないが、着回しの一つに入れてあるのでまた今度。

「みんな、寒くなったら足元の棚に防寒具が入ってるから、適当にねー」

「え、いつの間に此処が棚になってんの」

 少し前に、改造しておきました。椅子の下には収納スペースを確保。軽食、飲み物、防寒具などが入っている。あとサラとロゼの馬着や簡単なお世話の道具もね。

「本当だ、色々入ってるー」

「馬車を出す前に言いなさいよ」

「あはは、ごめん」

 移動中だから馬車の中は不安定に揺れている。そんな中でみんなは収納されているものを一通り確認しようと苦労していた。そうだね、ごめんね。

「此処は空っぽかな?」

「余ってるところは好きに使って良いよ~」

 まだ棚の中のスペースは結構余っている。私だけじゃなく、みんなも入れておきたいものがあるかと思ったので。喧嘩しないように相談し合って入れてね。なんて、私以上にそういうところはきっちりしてそうだから言わなくてもいいかな。

「アキラちゃん、何か小さい木箱が入っているけど、これは?」

 ルーイの声が問い掛けてくる。続いて聞こえてきたコンコンという軽い音は、ルーイが木箱をノックしているんだろう。思わず笑みが浮かぶ。残念ながら、今は何も入っていないんだよな。

「まだ空っぽだよー。でも使おうと思ってるから、そのままにしておいて~」

「はーい」

 とにかくこうしてレッドオラムを発つ前に馬車も充実させておいた為、今回の馬車旅は前よりも更に快適なはずだ。

 以前に宣言していた通りかまども追加して合計四連あるし、今日のお昼はレッドオラムの宿で作ってもらったお弁当だけど、夜は何を作ろうかなぁ。仕込みが必要なメニューなら昼の内に準備しなきゃいけない。あ、アンネスの隠れ酒場で食べたお肉が良いんじゃないかな。特性のタレに漬け込んで焼くやつ。タレに使う実と果物が新鮮なうちに作っちゃおう。昼になったら用意しよっと。あとは昨日買った鳥系の獣の肉が美味しそうだったので、串焼きにしよう。お肉はこんなもんでいいかな。

 ちなみに魔法の『収納空間』の中は、常温かつ真空っぽい。多分。

 生き物は中に入れないので確かなことは分からないが、そういう状態だろうと言われている。普段は、肉など悪くなりそうなものを魔法で凍らせてからそこに入れていた。すぐ使う野菜や果物だけはそのまま入れて、他は大体、冷凍だ。

 そして冷凍まではしたくないけど常温では困るものは氷と一緒に木箱などに入れていれば冷蔵できるし、ミルクなんかはそうして保存。そんなこんなで食材は元の世界の冷蔵庫さながらの方法で長持ちさせている。道中に立ち寄る町村で新しい食材も都度、仕入れているけどね。

「空が広いなぁ。街も良いけど、外も良いねぇ。ねえサラ、ロゼ。気持ちいいね」

 私の言葉が分かるのだろうか。二頭が少し嬉しそうにトントンと軽快に跳ねた。可愛いねぇ。この子達はどうも久しぶりにみんなと外に出る今日が楽しいみたいで、いつもより少し歩調が早い。張り切ってくれるのは嬉しいが、休憩を早め早めに取らないと、すぐに疲れてしまいそうだ。

 ところで幌馬車の中を快適にすることばかりを考えて、自分が座るこの馭者台には何もしていなかったんだよね。今の揺れ、ちょっとお尻に響いて痛かった。誤魔化すみたいに少し腰を浮かせたら、リコットに見付かってしまって「どうかした?」と背中に掛かる声。正直に話したら呆れられそうだ。黙っていよう。何でもないです。適当に首を振った。

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