第212話

「近年は貴族間でも自由恋愛が増えまして、女性は貴族令嬢として相応しい振る舞いや教養だけではなく、愛嬌のある方が特に望まれます」

 淡々とカンナが説明口調で語り始めた。

 前にも、彼女は自分に愛嬌が無いから、恋人や婚約者が出来ないみたいなことを言っていた。彼女はそれが自分の、女性としての大きな欠点だと思っているらしい。私には愛らしくて仕方がない不器用さと実直さだけどなぁ。

 さておき、カンナが言うには昨今は貴族の間でも自由恋愛を経て結婚に至ることが主流であるとのこと。それでも平民と違って出会いの切っ掛けは縁談や社交界になるそうだけど、その後は互いの相性を見て、互いの合意を経て婚約および結婚に至るらしい。

 だからカンナが前の彼氏さんと別れてしまったのも、婚約破棄だの家同士の面子がどうだのと言うような重たい流れは全く無かったのだそうだ。そもそも婚約にも至らない、当人同士のただの「お付き合い」だった。

 勿論、家を存続させる為には婚姻自体は必要だし、子孫は望まれる。ただ、遠縁でも血が繋がっていれば大きな問題が無く、直系でなければならないという風潮が無くなってきたとか。だから既にお姉さん達が子供を産んでいて甥っ子も姪っ子も居るカンナのような立場では、婚姻や子孫に関する責任が全く無いらしい。

「つまり父が私に縁談を持ってくるのは、『必要』だからではなく、ただ私を心配してのことです」

「うーん、まあそれは分からなくも無いねぇ」

 一人で生きていく娘を思うと不安になるのは、真っ当な親心かもしれない。いつか自分は先立つのだから、と思うもんな。無理強いをせず、侍女として働く彼女を尊重していることを考えれば、良いお父さんなのだろう。

「……ですが、逆にアキラ様との婚姻の話は、今後、持ち上がるかもしれません」

「はい? 私?」

 今なんて言った? 私婚姻?

 誰と――って、今の流れだとカンナしか居ないよね。じっと彼女を見つめれば、カンナは何処か言い辛そうな顔で視線を落とし、ゆっくりと頷いた。

「陛下と父の間で、そのような話題があったと聞きまして……まだ何も正式には進んでいないようですが」

 はー、なるほど。「カンナが救世主に気に入られているので縁談を止めてくれ」と話したなら、「じゃあカンナはその救世主と結婚できるのか」と問い返すお父さんの気持ちも、分からなくはないな。カンナは何も言わないけれど、そういう流れなんだろう。多分。

「でも私、女なんだよねぇ……」

 そもそもの話をしてみる。もしかしたらカンナのお父さんは知らされていないのかもしれない。救世主が女好きでカンナを気に入ってるって前情報から、単純に男だと思い込んでいそうだ。

 するとカンナは、ぱちぱちと目を瞬いた後、何かに納得した様子で一つ頷く。

「アキラ様が女性であることは、父も存じております。ウェンカイン王国では同性婚は認められており、貴族間でも珍しくありません」

「え!?」

 確かにこの世界に来て夜の街に出る度、同性愛に対して寛容だなぁってのは気になっていたけど。制度上もそうだとは思っていなかった。

 主流と前提はやっぱり男女であるものの、さっきの話にあった通り跡目が遠縁でも良いという認識があるから、あまり強く男女に拘る理由にならないみたいだ。

 唯一厳しいのが、平民と子を成さないように、だと。貴族と平民の間にある壁は中々分厚いみたいだけど、他は壁なんてあってないようなものなんだねぇ。ウェンカイン王国ってすごいな。

 うーん、しかしこの国の法律についてはもう少し勉強した方が良さそうだ。知らない『当たり前』がまだまだ多い。レッドオラムを発つ前に、法律系の本、買っておこう。

「結婚ね。カンナとずっと一緒に居られるのは魅力だけど、どう考えても政治の道具にされそうだからなー。その辺は躱したいよ。……勿論、カンナとの結婚が嫌なんじゃないからね?」

 最後に付け足した言葉は、私にとっては重要だ。カンナのような愛らしい奥様が出来るなら幸せだと思うのは本心なのだから。婚姻を拒むことで、私に対してまで『愛嬌が無いから』なんて感じれたら困る。そう思ったけど、カンナは私の言葉に一切の動揺なく頷いた。

「御言葉、とても嬉しく思います。私は問題ございません。侍女であっても、ずっとお傍に居ることは可能です」

「ふふ」

 カンナは全然、ぶれないな。本当に根っからの侍女さんだ。

「そうだね。君は私の未来の侍女さんだから」

「はい」

 今日一番、嬉しそうな色を瞳に乗せて、返事をしてくれた。救世主の恋人や伴侶より、やっぱり彼女は侍女でありたいらしい。私はカンナのそういうところが好きだよ。

「さて、じゃあそろそろ休もうか?」

 綺麗に飲み終えた紅茶のカップをテーブルへと置く。カンナは当然「はい」と淀みなく返事をくれたけれど、直後、一瞬だけ静止した。え、何だろ。どうかしたのかな。首を傾けたところで、彼女の唇が震える。

「アキラ様、その、一つ……お願いがあるのですが」

「うん、どうしたの?」

 先に立ち上がってしまった私を、カンナは何処か不安そうな瞳で見上げている。

「その……アキラ様のお膝に乗るあの体勢を……可能でしたら避けて頂けると……」

「あははは!」

 大きい声で笑ってしまったら、ちょっとだけカンナの肩が跳ねていた。慰めるみたいに、小さい肩をよしよしと撫でる。

「ごめんごめん、そんなに辛かったんだね、分かったよ、もうしないよ」

「いえ、辛かったと言いますか、どうしても、恐れ多く……」

 タグは『本当』を示しているから、嫌だったと言うのとはまた違うみたいだ。けど、精神的な負荷が彼女に掛かってしまったのは間違いないらしい。可愛くて仕方がない。どうしても頬が緩んでしまうのを、手の平の中で抑え込む。

「うーん、脚の間なら私の上じゃないから大丈夫かなー」

「あし……?」

「まあまあ、その辺はその内。色々ね」

「は、はい」

 適当に誤魔化して、私は寝支度をするべく彼女の傍を離れた。残されたカンナは微妙に首を傾けながらテーブルを片付けている。本当、この子って可愛いなぁ。

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