第209話
一日ぶりに歩くレッドオラムの街。私達が居た地区は避難も何も無かったので、特に変わった様子は無い。だけどまだ人々には何処かそわそわと落ち着かない様子があり、時々、兵士と冒険者の働きについてや、『城から派遣された魔術師』の噂話が聞こえていた。
「あ、ガロも居る」
ギルド支部に入ってすぐ。正面奥にある受付の近くに、身体がひと際大きいガロの姿を見付ける。彼もすぐに私に気付いて手を上げ、笑みを浮かべてくれた。隣にゾラの姿もあった。
「お話し中? 後でも良いんだけど」
「いや、構わない。ゾラか?」
「両方に、かな」
此処に来て確実に会えるのはゾラだから、確かに私はゾラに会う為に来た。でもガロとも話せるなら話したかったので『両方』だ。その時、ゾラが不意に何かを思い出した顔をして、両手をぽんと軽く叩いた。
「そうだわ、アキラさんお誕生日だったのよね? おめでとう」
「あー、ありがとう。うちの子がゾラに色々お願いしちゃったみたいでごめんね。だけどお陰で美味しいものを沢山食べられたよ」
「それは良かったわ」
この件についてはちゃんとお礼を言いに来るつもりだったのに、魔物騒ぎで忘れてしまっていた。彼女はそんなこと少しも気にした様子無くにこにこしていて、大人だなぁと思う。しかしその横で何やらガロが百面相していた。
「うん? どうしたのガロ」
「何故それを早く言わないんだ! 祝ってやりたくとも突然すぎてやれるもんが何も無い!」
爆笑してしまった。ガロって本当に見掛けによらず律儀だよね。悔しそうに告げてくる「おめでとう」の言葉が可愛かったので、その気持ちだけで充分だと告げておく。
「結構、長い戦いだったみたいだね。もう落ち着いたんだよね?」
閑話休題。本題は、例の魔物強襲についての詳細と今の状況の確認だ。城へと戻る前に兵士らから受けたような内容は知っているが、当然ガロ達の前では何も知らない振りで尋ねてみる。二人は神妙に頷いた。
今回、兵士と冒険者、合わせて約千人が対応に出ていたようだ。勿論、全員が出ずっぱりということはなく、交替で休んだり、怪我人を下がらせたりしながらの累計で。そしてあの騒動による死者は確認できている限りで三十八名。重軽傷者は四百名ほどに上ると言う。
「ガロも、怪我をしたんだね」
彼の腕や首元に巻かれている包帯へ視線を向けた。私が思わず眉を顰めてしまったからか、殊更、何でもないことのようにガロは頭を振る。
「心配するな、今すぐに戦うことも出来る程度の軽傷だ」
「この人ったらもういい歳なのに最前線で戦ったらしいのよ。本当、馬鹿よねぇ」
ゾラは彼の言葉にやや被せ気味にそう言うと、前触れも無くガロの背中を思いっきりバンと音を立てて叩いた。当然、見ていた私とラターシャも目を見張ったが、ガロも身体をびくりと跳ねさせる。普段なら叩いたくらいで揺れる人じゃない。つまり怪我に響いて痛かったんだろう。数拍、耐えるように黙り込んで静止してから、ガロはゾラを睨み付ける。
「叩いてもいいとは言っていない……」
低く唸るような声が微かに震えていて、笑っちゃいけないと思いつつも笑ってしまった。うん、お大事にね。何にせよ無事で居てくれて良かったよ。ガロが今後の仕事に響くほどの重傷を負ったり命を落としていたりしたら、流石の私もちょっとは「初めから出れば良かったかな」と後悔すると思うから。
「ところでアキラ、お前、防衛に来たか?」
「まさか。行かないって言ったでしょ」
「……そう、か。そうだな」
ひやりとするねぇ。服装も弄っていて正解だな。
顔も、体格も確認できないようなあの距離でも、ガロはあの魔術師が私だったのではないかと少し疑っていたようだ。とりあえず私と断じれる理由を持たないだろう彼は、小さく唸った後、それ以上の追及はしてこなかった。
「ガロはそろそろ故郷に帰るんだっけ? 私も二日後にレッドオラムを離れようと思っててさ」
もう一つ、此処に来た理由はそれ。街を移動する際にはギルド支部に連絡を入れなきゃいけないからね。ゾラの方を見ながら言うと、彼女は手元の手帳を開いてメモを取っていた。
「二日後ね。連絡ありがとう。もし予定が大きく変わるなら、改めて教えてね」
「うん」
それだけで手続きとしては良いらしい。なお、私の『アキラ』という名はこの世界では少し珍しいものだそうで、冒険者ギルド協力者であることを示すカードも貰っているものの、『ガロの協力者のアキラ』と言うだけでも、他のギルド支部ですぐに通じるだろうとのことだった。
ちなみに複数の登録者が居る名前の場合、名前の後ろに番号が付く。ガロは四番だって。先にギルドへ登録した『ガロ』が他に三人も居るんだね。なるほどね。
とにかくまあそういうことで。私は簡単に二人へと別れの挨拶を済ませた。彼らも出会っては別れるを繰り返している生業の人達だ。変に感傷的になる様子も無い。
「道中は気を付けてな。また会おう」
「うん、ガロも元気で。無茶はほどほどにね?」
私の言葉にガロは少し笑って肩を竦め、「ああ」と頼りない返事をした。タグが出なかった。えー、ちょっと。ちっとも懲りてないなぁ。彼らしいとも思うから、指摘はしない。まあ私も言えた口じゃないのでね。
ギルド支部を出た後は一度、昼食を取る為に宿へと戻ったけど、食べ終えたら再び外出。引き続きラターシャが付いて来てくれた。
本屋、洋服店、工務店と家具屋に立ち寄ってから、最後にサラとロゼを預けている厩舎へと向かう。
二日後に二頭を回収することを伝えておく為だ。それと一応、健康状態の確認も。先日の騒ぎのせいでストレスを感じていたら可哀想だし。でも二頭に特に大きな問題は無かった。二日後に迎えに来るよって言葉が理解できているみたいに、ちょっと興奮した様子で私とラターシャに擦り寄ってきていた。可愛いなぁ。
このレッドオラムに滞在する間、私だけじゃなく三姉妹もラターシャも、代わる代わる毎日のように顔を見に来ていたはずなのに。それでもサラとロゼはちょっと寂しかったのかな。うんうん、またしばらくずっと一緒だよ。
あと――個人的には、ネネとダリアにも挨拶しておきたいんだよな。特にダリアは別れ方があれだからなぁ。何も言わず姿を見せなくなったら心配するかもしれない。
しかし今夜は城なので、明日の夜、探してみよう。簡単に挨拶するくらいなら捕まえられそうだ。
「アキラちゃん?」
「ん、ごめん。そろそろ帰ろうか」
「うん」
酒場が並ぶ通りの方を見て足を止めたら、ラターシャに服の裾を引っ張られる。その呼び方、可愛いね。でも手を繋ごうって言ったら「嫌」って言われた。どうして断り方はナディアよりも冷たいんですか? なんかみんな似てきたなぁ。四姉妹になりそうだなぁ。
適当に立ち寄った店で手土産にケーキを買って、宿に戻る。リコットだけまだ外出中だったが、帰りを待ちながらみんなでティータイム。数分後に戻ったリコットが即座に「ずるい!」って叫んで可愛かった。ちゃんとリコットの分もあるってば。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます