第208話
ちょっと食堂に人が増えてきたから、結界を解いた。消音ではなく音を軽く誤魔化すような結界だったものの、近距離からでも会話が全く聞き取れないと不審に思われるだろう。みんなにもその旨は伝えておく。
「明日はギルド支部に行って、少し買い物もしようかな」
本格的に旅支度としての買い物、特に日持ちがしないような食材は出発の前日にするとして、服や工具は先に少し買い足しておきたい。
「夜はアキラちゃんまた居ないもんね」
「夕食はどうするの?」
「みんなとこっちで取るよ。そう伝えてある」
さっきリコットも触れていたが、まだ落ち着かない空気の残るレッドオラム。私が居ない状態で夜にみんなを食堂や街に出すのは少し不安だから。守護石を持たせているんだし滅多なことは無いけどさ。
「あ、お姉さん。ライスとこのお肉、もう一皿」
「……元気そうで何よりよ」
ちょうど後ろを通った給仕の人に声を掛けたら、ナディアが項垂れた。だって今日は朝も昼もほとんど食べてないんだもん。補充しないとね。そういうわけで胃袋もすっかり元気いっぱいな私は、いつも以上に沢山食べた。
そうして夕食を済ませ、夜が更けた頃。私も含め全員お風呂も済ませて寝支度をしていると、徐にリコットが私の傍にやってくる。
「ねー、アキラちゃん」
「うん?」
小首を傾げて上目遣いをされてしまうと愛らしくて、これから何を言われても頷いてしまいそうだ。何も聞かない内から緩んでいる頬を自覚しながら、彼女の言葉を待った。
「一緒に寝てもいい?」
私が何か反応するより早く、隣のベッドに座っていたナディアの耳がぴくんと動く。ナディアはいつも寝る前に長い髪を右肩の方で緩く編むのだけど、その真っ最中だった手が半ばで不自然に止まっていた。怖いよ。怖いけども。リコットの願いを断る理由が私には全く無い。
「勿論いいよ。何か不安?」
「ううん。ただ、何となく」
タグは彼女の言葉を『嘘』だと示した。リコットはそれが出たことも当然分かっているだろう。うん、嘘を吐いてもいいよ。君が『みんな』にそう示していたいなら。私は「そっか」とだけ言って、リコットをベッドに招き入れた。
同時に視界の端でナディアを窺う。ついさっきまで静止していた彼女はもう何事も無かったみたいに引き続き髪を丁寧に編んでいるが、眉だけは軽く真ん中に寄っていて不機嫌そうだ。ごめんって。いや私が謝ることは何も無い、と、思うんだけど。多分。いやちょっと自信ない。でも私の可愛い女の子が一緒に寝たいって言ったら必ず受け入れる。断ることは出来ない。いつだって大歓迎だ。怒られるなら怒られるで、私は全てを受け入れようと思う。出来れば優しめでお願いします。
そんなことを考えている内に、リコットは相変わらず容赦なく私の上に全身を乗せた。これは本当に良いサービスだといつも思う。リコットは私の首筋に額を押し当てて、落ち着いたみたいに短い息を吐く。
「熱、うーん、ちょっとだけ残ってない?」
「リコの検温は正確だねぇ、本当にほんの少しの微熱だよ」
「しんどくない?」
「全然」
毎回、リコットに検温されると絶対に隠せないんだよね。特技なのかな。今の体温は三十七度ちょうどです。
「朝にも測るから、私より先に起きないでね」
「はいはい」
それだけ確認したらリコットは私の上から退いた。本当に検温用に乗ったんだな。だけどそのままリコットは、ぴったり身体を寄り添わせてくる。うーん、色々したくなっちゃう密着度だ。自分を宥める意味でも、抱いたリコットの背中をとんとんと撫でた。
私の方が寝かし付けるみたいな行動だったのに、淡く笑ったリコットが擦り寄って腕を回してくれたら、すぐさま眠気に襲われる。堪らず目蓋を落とした私の意識の片隅にリコットの「もう寝ちゃった」って甘い声と、くすくすと笑って「本当に早いね」と応えたルーイの可愛い声が重なった。
その後のことはもう覚えてない。目を開けたら朝だった。ふむ。一瞬で眠り落ちてしまったな。
何度か目を瞬くと、薄いカーテンから入り込む淡い光に目が慣れてくる。部屋は当然のように静かで、三つのベッドが女の子達の存在を示して膨らんでいた。そして空のベッドの主は私の腕の中で穏やかに寝息を立てている。可愛いなぁ。先に起きるなと言われたのでリコットが起きるまで眺めていよう。まあ、そんな言い付けが無くとも、眠っている子を放ってベッドを出るなんてことはしないんだけどさ。
私の後、最初に目を覚ましたのはいつも通りルーイだった。身体を起こしてまず初めに私の方へと顔を向ける。目が合ったから、笑っておいた。ルーイも笑ってた。きっとまだ体調を気にしてくれているんだね。ありがとう。次に起きたのは多分ナディアなんだけど、彼女は寝起きが悪い――と言うと語弊があるが、目覚めてから身体を起こすまで時間が掛かる為、ベッドを下りた順で言うと次はラターシャ。二人が洗面所を行き来している音で、リコットが目を覚ました。
「うーん、おはよ」
「おはよう」
「熱、はかる」
そう言うとずりずりと寝そべったままで移動して私の上に這い上がって来た。わざわざ乗って検温するのは何でなのよ。顎の下に顔を押し込んできたので「うぐ」と声が漏れる。
「あ、下がってるー」
「正確だねぇ」
本当に私の熱は下がっていた。三十六度五分、教科書通りの平熱です。
さて正真正銘の全快ですので、元気よく朝食を取り、その後は今ある荷物を確認して、買い出しが必要なものを書き出しておく。
「さてと、じゃあ、午前の内にギルド支部に顔を出そうかな」
「今日は私が付いていくね」
当たり前のように見張りが付きました。本日の担当はラターシャだそうです。勿論、手は繋いでくれません。
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