第207話_報告

 もう復調しているからという理由で、夕食は揃って一階の食堂で取った。いつも通りの食欲がある時の私の食事を、女の子達に運ばせるのが忍びないので。近くに他の客は座っていなかったが、念の為、音が認識されないように結界を張りつつ、今回起こったことをみんなに全て話す。

「――アキラちゃんが認識されたって、それ、かなり危ないんじゃないの?」

「今後は向こうも、あなた用の対応をするってことでしょう?」

 リコットとナディアが即座にそう言って眉を寄せる。二人の言葉にラターシャとルーイも不安そうだ。

「まあねー、でもその辺りは城も認識してくれているし、都度、こっちも対策を練っていくしかないよ。いつか認識されることも、想定の内だったから」

 一連のことが全て同じ人間、または集団の仕業であるかは定かでないが、もしそうなら、向こうの思惑通りにウェンカイン王国に被害が出ていないことは遠からず察知される。エーゼン砦のような大規模な作戦なんて特に不思議に思っていただろう。そもそもエーゼンの時は他の町にも噂が回るくらい目立つ雷魔法で解決してしまった。それを知ったことで、相手も探りを入れる準備を始めたんだとしたら納得がいく。

「例の仮面で顔を隠していたし、私が魔法を外しちゃう程度には遠い位置だったからね。冒険者からも見えてなかったなら、あいつらにも性別すらバレてないと思うよ」

 今のところはね。と思いつつ、それは飲み込む。変に不安にさせたくはない。だけど近い内に女であることくらいは見破られてしまうと考えた方が良いだろうなぁ。私はそんなにガタイが良くないからね。ケイトラントくらい格好いい体格をしていたら、胸さえ隠せば誤魔化せそうなんだけど。

「それにしても、あれは惜しかったなぁ。あそこでせめて半壊させてたら、捕まえられたのに」

 何度思い返しても、やっぱりあの攻撃を外したことが悔やまれる。大きい魔法は得意だけど、精度が必要なものがちょっと苦手だ。大は小を兼ねる勢いで広範囲に吹き飛ばせば当てられはしただろうが、それでは間違いなく証人が即死で塵になるし、周囲の無関係な者まで巻き込んでしまったかもしれない。よってあの時はあれくらいの規模で狙うしかなかった。

「は~……精度、上げて行こ……」

「アキラちゃんは充分に頑張ってるよ。もー、今はとにかく休むことを優先してよ」

 苦笑いと共にリコットがフォローしてくれる。優しいなぁ、ありがとう。笑みを向けたものの、これから私はそんな愛らしく優しい彼女達にとても申し訳の無いことを告げなければならない。

「ただ――」

 伝えないわけにはいかないから口を開くも、心苦しくてつい、眉を寄せてしまった。普段は見せない表情にみんなが少し不安そうな顔をしてしまって、更に申し訳なく思う。

「折角慣れてきたけど、この街、早めに離れよう。……国から派遣された兵士の出入りが、しばらく多くなると思うから」

 救世主の姿を知る兵士が此処へ入って来ないとも限らない。見つかったって幾らでも撒くことなんかできるから、レッドオラムに居る『私』が見付かるのは別に構わない。でも一緒に旅をしている四人が国に認識されるのは避けたかった。

「私のせいで、ごめんね」

 レッドオラムにはもう二か月以上、滞在している。それぞれにお気に入りのカフェや店があるし、まだ回り切れていない場所もあるだろう。珍しく素直に詫びたら、四人は軽く目を見合わせて、柔らかく笑った。

「構わないわ。『あなたの旅』に付いて来ているのよ、私達は」

「そうそう、アキラちゃんが勝手気儘に移動してくれて、構わないんだよ。あ、こうして事前に言ってくれたらね?」

 唐突な思い付きで振り回すのは話が別のようだが、ナディアとリコットの言葉に、ルーイとラターシャも異を唱える様子を見せずに笑顔で頷く。

「アキラちゃんと一緒なら、外だって快適だもんね」

「サラとロゼともまた毎日一緒に居られるから、悪いことばっかりじゃないよ」

 重ねてくれるフォローの言葉が嬉しい。本当にみんな、優しい子達ばっかりだね。贅沢だな、本当に。

「どれくらいで移動する? 準備しなきゃ」

「今度で良いと思っていたような買い物も、早く済ませておくべきね」

 流石、お姉ちゃん組は既に移動の準備に思考が向くらしい。二人の言葉にまたルーイとラターシャが神妙に頷きながら、考えるような顔をする。自分達の済ませるべき用事を思い浮かべているのだろう。私も気を取り直して一つ頷いた。

「まず行き先とルートを決めてから、準備しておく食材の量を決めないとね。まあ買い忘れがあっても、転移して私が買ってくるけど」

「アキラちゃんが居ると、旅の準備不足すら大した問題にならないね~」

 ちょっと真剣な顔をしていた女の子達が一斉に表情を緩めた。うん、やり残したことがあってもね、転移魔法を使えばあっという間だからね。

「明日の夜は城に行くから、そうだね、出発は三日後にしようか」

 首都から移動する兵士らも流石に準備と移動に時間が掛かるだろうし、三日でも急ぎ過ぎなくらいだ。今すぐ兵らが早馬で移動してきても五日は掛かる。だから三日じゃちょっと短いとみんなが言うなら、数日延ばしてもいい。そう伝えたけど、みんな三日で大丈夫だって頷いてくれた。

「あと、えーと、『心配を掛けた後』の約束はごめん、ちょっとだけ延期で……街を離れてからでも良いかな?」

 リコットに視線を向けてそう言えば、彼女は一瞬きょとんとしてから、一拍置いてニコッと笑った。ねえ。自分で言い出したこと、今、忘れてなかった?

「いいよ。どの道、今のレッドオラムで外泊するのも落ち着かないし」

 承知してくれたので、まあいいや。「ありがとう」と伝え、さっきの妙な間については指摘しないようにした。

「ラタとルーイのは、お出掛けだったけど……」

「外に居る場合のこと考えてなかったね。ごめん、二人で相談するから、別のお願いでも良い?」

「勿論だよ、ありがとう」

 二人からも了承を得たところで、ナディアと目が合う。そもそもナディアと寝る件って、本人の意志は聞いてないんだよね。言葉に迷ってる内にナディアの方が視線を逸らしてしまった。全く興味が無さそうな顔をしている。うん、今はやめとこう。今度ちゃんと聞こう。……その勇気があれば。

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