第206話_白い夢
眩しい光と、その中で動く誰かの影。それだけ。それだけしか存在しない、そんな夢を見ていた。音は何も無かった。次第にその空間が端から揺らぎ、私の身体もそこから押し出されるような、むしろ吸収されてしまうようなよく分からない浮遊感を感じて、眩しさが無くなった。暗くなって、耳鳴りがする。少し籠った音で誰かが「アキラちゃん」と私を呼んだ。
「……うん、……ラタ、か」
「アキラちゃん。良かった、分かる?」
「分かるよ」
私が微笑むと、少し霞む視界の中でラターシャが眉を下げて笑った。もしかしたら何度か呼び掛けてくれたのに、起きられなかったのかもしれない。不安にさせてしまったかな。ちょっと深く眠っていただけだと思うんだけど。
眉を動かした時、何となく額辺りが気持ち悪くて手の平で触ったらすんごい量の汗で手がびっしょびしょに濡れた。うえぇ。思わず口から零れた情けない声に、ラターシャが笑って手と額を拭ってくれる。ありがとう。
「あ、ご飯の匂いだ」
「うん。お昼ごはん持ってきたよ。食べられそう?」
「大丈夫、食べる」
倦怠感は酷かったものの、身体は思ったより楽に起こすことが出来た。ああ、結構もう良くなってきてるな。熱は、三十七度八分。薬のお陰もあるみたいだけど少し下がっている。ナディアとリコットも起きて着替えており、昼食の並べられたテーブルから此方を見ていた。手でも振ればいいかな? 呆れられそうだから止めておこう。笑みだけ向けておいた。
「ご飯食べたらお風呂はいろ~っと」
「は?」
与えられたスープと、少し千切ってもらったパンを食べながらそう言えば、テーブルに居たナディアがちょっと低い声で応える。怖いです。
「いや、もう割と元気だよ? 意識もクリアだし、身体の痛みも引いたし」
「あなたね……さっきあんな状態だったのにそんなこと、信じられるわけがないでしょう」
「さっき?」
私が問い返すと何故かナディアは口を噤み、視線を落とした。えー、教えてくれないと分からん。首を傾けたところで、見兼ねたラターシャが答えてくれる。
「アキラちゃんね、魘されてたんだよ。慌てて揺さぶってみたんだけど、中々、起きなくて」
「魘された? 何か言ってた?」
「何にも。苦しそうにちょっと声は漏れてたけど、言葉は無かったよ」
ラターシャの説明に『本当』のタグが伸びているのを確認し、それでも、私は首を傾けた。全然、信じられないなぁ。本当のことを言ってくれているんだろうけど、私の身体は事実、もうかなり楽になっているし、それに――。
「怖い夢とか見てた?」
リコットが問い掛けてくる言葉に、私ははっきりと首を振った。そう、直前まで夢を見ていたはずだ。でもあの夢は別に何も怖くもなくて、苦しくもなかった。
「夢は見てたよ。でも、眩しい真っ白な空間に、何かの影が動いてるのを――」
「え、それ怖い話?」
「ふふ。違うよ」
怖い話に耐性の無い三人が咄嗟に身構えるのを見て、思わず笑う。ナディアもちょっと口元を押さえて笑っていた。可愛いよねぇ。
あれが人だったのかも、私にはよく分からないが、人っぽい何かの影がその空間に存在していて、動いたり、立ち止まったりしていて、私はただそれをぼーっと見てた。そんな夢。そこから抜け出す瞬間にラターシャの声を聞いたと思うから、魘されていたって時間に見ていた夢が、それだと思うんだけどなぁ。
「そんな平和な夢の中に居るとは思えない様子だったけどねぇ」
「みたいだねぇ。うーん、変なの。よく分からないね」
考えても仕方が無いことのように思えてきた。温かいスープを傾け、一口飲んで、ふう、と息を吐く。
「ま、いっか。とりあえず身体は楽だよ。ごはん食べたら、また解熱の薬を飲んで、お風呂に入ります」
「決定してる……」
「それとも心配なら、誰か一緒に入る?」
にこっと笑って提案してみる。それなら私がお風呂に入っている間に具合が悪くならないか見張っていられるし、安心なんじゃないかな? しかし全員が一瞬で表情を曇らせた。何でよ。
「ナディ姉が扉の前で中の音を聞く感じで」
「それでいきましょう」
「ねえ」
そんなに嫌がらなくて良いじゃん? 見てて楽しくなるくらい綺麗な身体してるでしょ私は。って思ってるんだけどなぁ。そもそも、身体を重ねてる姉組二人は私の裸なんて見慣れてるし、見て恥ずかしがったことも無いのにさ。口を尖らせながら食事を進めるが、誰も私の訴えを聞き入れようという様子は無かった。
結局、私はすんなりとお風呂に入ることが出来たし、体調も安定したまま。みんなが交換してくれた新しいシーツのベッドに再び寝転がる。あー、気持ちいい。
「そういえば別の区画に避難していた住民も、ほとんどが元の区画へ戻ったみたいよ」
「へー、ナディ、それ何処で聞いたの?」
「道行く人たちの噂話」
ああ。猫系獣人の優れた聴覚か。そういう使い方も出来るんだね。良いなぁ。私も魔法で何か似たこと出来ないかな。
何にせよ、避難が解除されたってことは残党狩りも終わり、安全が確認されたと思っていい。結界も修復済みに違いない。
「ただ、『城から派遣されたとんでもない魔術師』の噂も、回っていたわ」
「あらー、ハハハ」
今回は兵士らだけじゃなく、冒険者らも傍に居て私を見ているのだから、情報統制などは不可能だ。しかしいずれも離れた場所から見た者ばかり。噂からは背格好や性別などの話は全く聞こえず、私が使っていた魔法のことばかりが広く話されているらしい。
そしてこの日、ガロが私を訪ねてやってくることは無いままで、夕食時には私の体調もほぼ回復した。
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