第204話

 朝になって目を覚ましたルーイとラターシャは、何をするよりも先にアキラの傍に向かった。二人が起きてきた気配にも気付かず、アキラはまだ眠っている。呼吸も浅いままだ。しかし明け方に一度アキラが目覚めて会話が出来たこと、夜よりは回復していたことをリコットが伝えてやれば、二人は安堵の表情を浮かべた。

 朝食の時間になると、リコットだけをアキラの傍に残して、残り三人は五人分の朝食を取りに食堂へ下りていく。チップを渡せば食堂の給仕が部屋まで運んでくれるけれど、彼女らは元々の生活の感覚から、あまりお金で解決する行動を取らない。結局、三人それぞれがトレーを持ち、その上に幾つも皿を乗せて戻って来た。

 彼女らが部屋に入り込む間だけ手伝いの為にアキラの傍を離れたリコットは、それを終えて再びベッド脇に戻ったところで目を瞬く。

「あれ、アキラちゃん起きてる」

「……ごはんの、匂いがする」

「うん。今、運んできたから。匂い大丈夫? 気持ち悪い?」

「いや、平気だよ」

 食欲が無ければ食事の匂いは辛いだろうかとリコットは懸念したが、アキラは首を振っているし、無理をしている様子も無い。むしろ彼女は匂いに釣られて起きたのかもしれない。大きく息をついてから、アキラが身体を起こす。差し出された野菜たっぷりのスープを、躊躇う様子も無く受け取っていた。

「アキラ、パンも食べる?」

 食べ始めて少し。ナディアが柔らかなパンを片手に問い掛けると、アキラはそのパンをじっと見つめた。

「うーん、ひとかけ」

「これくらいで良いかしら。はい」

 ひと欠片と言うにはナディアが千切ったパンはやや大きかったかもしれないが、アキラは緩く頷いてスープの入ったお椀を差し出した。ナディアがそこに放り込んでやると、スプーンで突いて沈めている。柔らかくして具の一つとして食べる気のようだ。

「ナディ姉、自分もちゃんと食べてよ~」

「……分かっているわ」

 不自然にアキラのベッド脇に留まっていたナディアに、リコットが笑う。ナディアは眉を寄せてそう答えた直後、視線をアキラに向けていた。アキラは黙々とスープの中を突いており、彼女の視線には応えない。ナディアは自分から出ているだろう『嘘』のタグが見られていなことに安堵して、小さく息を吐いていた。

 勿論、アキラを気にしながら食事しているのはナディアだけではない。ラターシャやルーイも何度も彼女の方へ視線を向けているし、リコットだって気にならないとは言えないだろう。しかし彼女らが気にするほどアキラも居心地が悪いかもしれないし、不調であるアキラに気遣わせてしまう可能性もある。意識をしないようにと努めながら食べ進め、女の子達にとってはあまり味の記憶が残らない朝食となった。

 結局アキラは最初に渡された野菜スープと、ナディアから貰ったひと欠片のパン以上の食事を求めることは無く、食べ終えるとすぐに横になっていた。

「アキラちゃん、此処に新しいタオルと水、置いてるからね」

 新しいものを用意してやりながら、リコットが声を掛ける。アキラは微かに目を開けてリコットを見るけれど、何も答えないままで目を閉じた。優しくその額に触れてみればまた目蓋は上がるが、その目はリコットを捉えているようではない。アキラの様子を見ながら眉を寄せているリコットに気付き、ナディアが歩み寄る。

「どうしたの?」

「ちょっと熱が上がってる。多分、何を言われてるか、よく分かんないんだと思う」

 朝食の食器を片付けていたルーイとラターシャの手も止まった。アキラは何度か薄く目を開けるのだが、彼女らに反応を返さないままだ。

「……今のアキラはそんなに異常な体温なの?」

「うーん、高熱ではあるけど、今すぐ下げないと危険なレベルじゃないと思う。今朝よりは高い、でも昨夜と同じくらい」

 リコットの感覚が正しければ、アキラの意識が朦朧としているのは熱だけが要因ではないかもしれない。疲労や、また新しい反動である可能性もある。

「私達では判断ができないわね。一先ず、様子を見ましょう」

「うーん、それしかないね。あんまり高熱が続くようなら、解熱のお薬飲んでもらおう」

 再びリコットがアキラの頬を撫でてやるけれど、もうアキラの目蓋は上がらない。しかし呼吸は浅いながらも規則正しい音であり、アキラの表情はむしろ昨夜よりも穏やかだった。

「それじゃあ私らは寝るけど、何かあったらいつでも起こしてね」

「うん、ありがとう」

 一晩中起きていたことを思えば、リコットもナディアも気丈に持ちこたえていた方だ。朝食の片付けを済ませ、解熱の薬をアキラの枕元に出したところで、ようやく交替してベッドに入った。アキラが自分で目覚めた場合は、薬を飲むかを確認して、欲しいと言えば飲ませる。それ以外の場合は昼食時、全員で起きた時にまた相談しようと決めてあった。

「この椅子、どうしてこっち向いてるのかな」

「ナディアお姉ちゃんじゃない?」

「あぁ……」

 アキラのベッド傍に移動したルーイとラターシャが小さな声で会話をしている。ベッドと逆に向けられた椅子に首を傾けたラターシャは、ルーイの言葉にすぐに納得して笑い、椅子をベッドの方へ向けて座った。二人はそれ以上の会話をしないで沈黙する。今眠っているのは、具合の悪いアキラ、眠りの浅いナディア、そして実は少し寝付きの悪いリコットだ。本人がそれを主張しない為、普段は誰も触れないけれど。

 とにかく、夜以上に気を遣う状況であることは間違いない。日中である為、二人がどれだけ静かにしていても街の人達の声は次第に聞こえてきてしまうだろうが、だからと言って彼女らが三人の眠りを妨げて良い理由にはならない。幸い、夜と違って部屋はまだ明るい。アキラの為にカーテンを閉じているので読書には向かないが、魔法の練習くらいは問題なかった。ルーイは手元のコップに溜めた水で。ラターシャはアキラのベッドに置いた木片で、未だ上手くいかない操作魔法を練習して、時間を潰すことにした。

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