第202話_発熱
アキラが眠り就くのを静かに見守った四人は軽く視線を合わせると、安堵したような笑みを浮かべた。
「本当に疲れてたんだね、すぐ寝ちゃった」
眠りを確かめるようにリコットが再びアキラの髪を撫でる。その刺激にも、アキラの目蓋が揺れる様子は無い。
「熱、高い?」
少しだけベッド近くに歩み寄ったルーイは、アキラに手を伸ばそうとはせずにリコットを見上げ、心配そうに問い掛けてくる。自ら触れて確かめたい気持ちもあるだろうが、触れてアキラを起こしたくないのだろう。
「前よりも高いねぇ。でもアンネスの時は治りかけだったみたいだし、今回はまだマシなんじゃないかな」
そう言うとリコットもアキラを刺激しないようにと静かにベッドから立ち上がり、数歩離れた。
「とりあえず、予定通り交替制にしよっか。このまま私とナディ姉でアキラちゃん看てるから、ラターシャ達は朝まで眠って」
アキラ不在の間、彼女らが決めた「交替で休む」は、二人ずつ休む予定となっていた。夜の間はナディアとリコット。朝になれば全員で朝食を取った後でラターシャとルーイに替わる。その後も食事のタイミングで交替して、必ず二人以上が起きている形だ。組み合わせが子供と大人に分かれている為、子供を残して眠る不安もあるだろうけれど、何より成長期の子供に夜更かしをさせたくない
そうしてラターシャ達が再びベッドへと入る傍ら、ナディアはアキラの服を洗濯すると言って浴室に入っていった。リコットは洗濯を手伝うことも出来たが、少し考えた後で結局そのままアキラのベッド傍に椅子を移動させ、そこに座る。まだアキラが帰還して間もない。反動が徐々に強まることも考えられるので、出来る限り目を離さないことを選んだのだ。
ナディアが洗濯を終えて浴室から出てきたのはそれから三十分後。部屋の片隅で、洗い終えたアキラの服を干している。下着は見えないよう奥に干してあげるらしい。そもそもアキラ以外はいつもこうして気を付けて下着を干しているのだけど、アキラが自分の下着を干す時は何も気にせず手前に干すので、よくラターシャに怒られている。
また、干すスペースは元々宿が長期滞在者にそうして使うことを推奨している場所である為、正面には日を入れる小窓もあるし、窓を開けなくとも外の風を入れられる大きめの通気孔も設置されている。レバーを引いて、ナディアが通気孔を開いていた。そんな一連の動作を黙って見ていたリコットは、ナディアが傍に歩み寄ってくるのを待ってから「お疲れさま」と静かに声を掛ける。
「アキラは?」
「特に変わりないよ。辛そうだけど」
容態が悪くなっている様子は無いものの、アキラの呼吸はいつになく浅い。ナディアは少し眉を寄せてじっとアキラを見つめる。まるで睨み付けているような表情だが、彼女はただ心配で堪らないだけだろう。
「朝、アキラちゃんは食べるかな」
「どうかしらね……」
アンネスの時は大食漢のアキラが丸一日何も食べられていなかった。今回が少しマシな症状だったとしても、いつも通りには食べられない可能性が高い。だが眠るアキラを無理に起こすことも躊躇われるので、一先ず本人が自然に目を覚ますのを待ち、目覚めてから食べられる量を確認して、食堂に取りに行くことになった。あまりに長く目を覚まさないようなら一度起こすか、またはゼリーやスープを少しずつでも口に入れてやって補給させるしかない。
その相談が終わるとナディアはすぐ傍にある窓際へと歩き、カーテンを少し開ける。夜の光が、彼女の手元だけを僅かに照らした。
「……もう警笛も無いわね、本当に落ち着いたみたい」
外の様子が見たかったわけではなく、音を聞く為だったようだ。しかしそう呟くナディアの声がやや疲れている。アキラが発ってからずっと聴覚に意識を向け続け、危険が迫ることは無いかと気を張り続けていたせいだ。そんな彼女の耳をあまり刺激しないよう、リコットは努めて静かで優しい声で応える。
「レッドオラムの兵士と冒険者が、丸一日戦って収まらなかった魔物の襲撃をさ、二時間足らずで片付けてきたんだよね。とんでもないよねぇ」
「全くだわ」
実際にアキラが戦っていたのは一時間に満たない時間であり、ベルクらが処理に走り回っているのを待っていた時間の方が長い。しかし二人にそんなことが分かるはずもなく、二時間でも充分に信じられないと感じる時点で、想像も出来るはずがなかった。
「こうして見ていれば、どうにでも出来る若い女性でしかないのに」
「私らが敵だったら終わりだよね~」
アキラは一見すればごく普通の女性だ。ケイトラントのように鍛え上げられた大きな身体を持ってはいないし、やや標準よりも背が高いものの、目立つほどの長身でもない。魔法を取り上げてしまえば、ましてこうして熱を出して眠っている状態など更に、同じく『普通の女性』でしかないナディアやリコットであってもどうにでも出来てしまうだろう。
「敵になる予定ある?」
微かに笑いながらリコットが尋ねれば、ナディアは呆れたように溜息を零して首を振った。
「あるわけがないわ。私達には損しかないでしょう。それにアキラが私達の敵になることも、あるわけがないもの」
「ふふ、そうだね」
もしもアキラがリコットなど他の子らの脅威になることがあれば、ナディアは必ずそれに立ち向かうだろう。しかしそんな未来は絶対に無いと、今の彼女は言い切れる。信頼というより、これはアキラという人間への『理解』だ。
ずっとベッド付近で立ちっ放しだったナディアは、ようやくテーブルの傍から椅子を運んできて、リコットの隣に腰掛ける。ただしリコットがアキラの方へ身体を向ける形で座っているのに対し、ナディアは真逆、ベッドに背を向ける形で座ってしまった。リコットはその様子に、音を出さず、こっそりと笑う。ナディアの猫耳は完全にアキラへと向いている。身体まで其方へと向けてしまえばきっと心配で目が離せなくなると自覚しているからだ。彼女らしい不器用な対処だと思えた。
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