第201話

 私がこの部屋を出てから二時間と少しが経過している。あの時点でもういつもならみんなが眠る時間だったのに、全員寝てないじゃん。部屋は消灯されているけど。

「起きてたの?」

「交替で休むようにはしていたわ。でも避難があるかもしれないから、誰かは起きている必要があるでしょう」

「あー、そりゃそうだ……」

 近くの棚に手を掛けてそのまま床に座り込む。小さく息を呑んだナディアが、立ち上がって駆け寄ってきた。まだしばらくは立っていられる気がしてたんだけどなぁ。部屋に戻って、気が抜けちゃったのかなぁ。だけど、それよりも先に、みんなを安心させてあげなきゃいけないと思った。多分、こういう思考がずれていた。

「もう、大丈夫だよ、この街は落ち着いたよ」

「あなたの体調は?」

 案の定、ナディアの返答はそんなこと二の次と言わんばかりだ。彼女の声が頭の中にぐわんと響いて、二度、目を瞬いた。

「……熱、が、多分ある、かな」

「ええ、あるわね」

 頬に触れてナディアが肯定する。何だか面白くて、口元だけで笑った。他に何か症状があるかを細かく聞かれている。とりあえず目が霞むことは伝えた。頭が痛くなりそうだけど、今はまだ大丈夫。それくらいかな。

「休めば良くなりそう? 何か必要?」

「あー、……喉、乾いた」

 言うや否や、軽い足音を響かせながらリコットが動いて、瓶に入った水を持ってきてくれた。部屋にも幾つか飲み物は置いてあったから、その内の一つだろう。お礼を言って瓶を傾ける間も、ナディアはずっと寄り添ってくれている。いつの間にかラターシャとルーイも起きてきて、私の寝間着の用意をしてくれていた。

「お風呂入ってから寝たいー」

「無茶を言わないで」

 寝かし付けられようとしている雰囲気を感じ取ってそう訴えたら、ナディアにめちゃくちゃ渋い顔をされた。だってさー。魔物と大決戦した後は流石に瘴気も浴びてるから浄化を掛けているけど、気持ちの問題ですよ。さっきまでお外に居たんですよ私は。私も渋い顔をしていたら、堪らない様子でリコットが笑い声を漏らした。

「少し良くなったら、お風呂に入ってる間に新しいシーツに替えてあげるからさ。とりあえず今はそのままベッドで寝てよ、アキラちゃん。ね?」

「あー、そうだね、それなら……」

 リコットの提案に相槌を打つが、段々と声がふにゃっとしてきた。力が入らない。とりあえず此処で十五分くらい寝てはいけない? 身体を傾けたところでナディアがぐっと押さえてきたので、駄目みたいですね。多分ナディアは傾いた私を支えてくれただけだと思うけど、この時はよく分からなかった。徐にリコットの手が伸びてきて、頭を撫でてくる。何やら甘やかされているような気がする。

 結局そのままナディアとリコットに引き摺られるようにしてベッドに連れて行かれた。やっぱりこの状況が面白い。ふふふと漏れた声に、ナディアは呆れた顔をする。

「何を笑っているのよ」

「おかしくて」

「いや~何にもおかしくないでしょ」

 リコットにまで呆れられてしまった。でもほら後ろでルーイが笑っていますよ。ほら。だけどルーイは賢いのでお姉ちゃん達が振り返る前に飲み込んで神妙な顔に戻していた。裏切り者~。

 しかしこのままじゃ着替えまで手伝われてしまうと思ったので、気合を入れてしゃんと座り、「自分で出来るから」と制して寝間着を受け取った。ベッドに座った状態で、着ていたものを丁寧に脱ぐ。

「あー、ごめん、誰か濡れタオル持ってきて、顔と身体を少し拭きたい」

「はいはい。大丈夫、私が取ってくる」

 リコットが洗面所に行ってくれている傍ら、ナディアは私がさっき飲み干した瓶をルーイに渡しながら「新しい水と、ジュースも何か出して」と言い、ラターシャには「洗濯の準備をしてくれる?」とテキパキと声を掛けている。ママだ~。そして洗濯されるのは私の服ですね。脱ぐ傍から回収されている。パンツも取られた。パンツも洗ってくれるのか。サービスが良いなぁ。まあ今日はローブ以外、城から支給された服で戦ったので、今脱いだやつは何も汚れてないんだけどね。あ、もしかしてローブも渡したら洗ってくれるかなぁ。一度は収納空間に入れたそれをそっと差し出したら、ちょっと固まった後で、受け取ってくれた。わぁい。

 リコットが渡してくれたタオルで顔と身体を雑に拭いて、寝間着になって、ようやくベッドに入る。横になると更に疲れがドッと来るなぁ。もう休んでいいのだと心身の力を抜くからだろうか。

「アキラちゃん、寒くない?」

 私のベッドに腰掛けてリコットがそう問い掛けてくる。ふっと口元が緩む。アンネスで寝込んでいた時、寝言で寒いって言ってたせいでリコットが添い寝してくれたんだっけ。

「平気、寒くないよ」

 そう答えたら、柔らかく笑いながらリコットが私の頭を撫でた。優しく髪を梳いてくれる指が気持ちいい。

「なら良かった。何かあったら呼んでね。誰かは起きてるから」

「うん……」

 何度か目を瞬いたが、もう目蓋が重い。心配してくれているみんなに、大丈夫だからみんなも寝て良いんだよって言いたいのに、うーん、もう限界だ。静かに深呼吸をして、長く息を吐いたら。あっという間に私の意識は途切れてしまった。

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