第200話_レッドオラム内帰還

 少し前まで術者が居ただろう場所に到着。私が放った攻撃で割と深めに地面が抉れていますね。こんなに土を掘ったつもりは無かったんだけど、うーん、やっぱり狙う精度が悪かったな。

「相手も今回はちょっと杜撰ずさんだねぇ。辿られるとは思ってなかったんだろうな」

「そのようですね」

 抉れた地面の傍らに、馬車のものと思われる車輪痕がある。惜しかったなぁ。もう五十センチくらい左だったら当たっただろうなぁ。

 ただ、それは街道の方にすぐに入り込んでいる為、車輪痕を正しく辿ることは他のものと紛れてしまって難しそうだ。これは以前ネネに聞いた、港街へと至る街道。多くの場合は港町に向かうそうだけど、私に見付かったと思っている者達が素直にそこへ行くとは考えにくい。

「戻る時に上空から軽く見た感じでは、移動している馬車は幾つもあった。こっちの騒動を見て、街道を走っていた、または一時的に停止していた馬車が避難していたんだと思う」

「それに紛れてしまった可能性が高い、ということですね」

「うん」

 私がそう説明してもまだベルクとコルラードは一生懸命、車輪痕を辿って、馬車が向かった方向を割り出そうとしているし、車輪痕の周りに何か他にも痕跡が残っていないかを探し、地面ばかりを見ている。君らは身分が高いんだから、そんなに地面を這うように動かない方が良いと思うけどなぁ。タグは何も出してくれないし、多分何にも残ってないよ。ほらもう、ベルクのマントが地面を掃除してますよ。

「やられたよねぇ。少なくとも私は認識された」

 彼らの冷静さを取り戻す意図もあって呟いたら、案の定、二人が顔を上げて少し青ざめる。だけど「やられた」と思うのも、正直な気持ちだ。

「救世主だという認識かは分からないけど、各地の被害を抑えている『魔術師』が居るってことは分かっただろうね。今後もっと探ってくるか、対応してくるよ」

 むしろ探る為に今回の攻撃を仕掛けてきたのかもしれない。だからこそ、馬車の主はある程度近い距離から観察していたのだろう。今までのように、魔法陣や魔法石だけを置いて離れる方法を取らなかった。戦いの最中に辿られて攻撃されることまでは予期していなかったのだとしても、近くに留まるのが少なからずリスクなのは分かっていたはず。それでもそのリスクを負ってまでこんなに大きな街を襲わせたのだから、何か明確な意図があったと思っていい。

 私達はまんまと、その罠に掛かったのだ。私が攻撃を外して取り逃がしてしまった時点で、賭けに勝ったのは間違いなくあちら側だ。腹立たしいね。

「レッドオラムに戻りましょう。まずは近隣の街に検問を敷かせます」

「そうだね、最低限その措置は必要だ」

 しかしその対応だと今後、私が移動する時にもその検問に引っ掛かって面倒になりそうだなぁ、と思ったものの、こればかりは仕方ない。そして検問ってのは時間が命だ。早速戻ろうか。二人を連れて、城壁へと戻った。あれこれと指示を飛ばさなければならない二人はそこからが大忙しなので、もう特に役割の無い私は壁際に向かい、残党狩りをしている冒険者らをぼんやりと見学した。おお、あの斧でっかい。振り回してる人、すごいなぁ。ガロより大きな身体をしてそうだ。

 レッドオラムでの仕事を終えて二人と共に城へと戻ったのは、それから一時間後のこと。

「着替える」

 帰るなり座りもせずにそう言って借りた服を引っ張ったら、王様は再びカンナを付き添わせてくれた。彼女に案内してもらって別室に移る。

 着替えさせてくれようとする彼女を再びやんわりとお断りして、さっさと自分の服へと着替えた。一度、髪も結い直す。暴れた時に少し、乱れてしまった気がするのでね。身だしなみ。

「アキラ様」

「うん?」

 私が服と髪を整えたところで、少し控え目な声でカンナが呼ぶ。振り返ったら、いつになく心配そうな目で彼女は私を見上げていた。

「お加減がお悪いのでしょうか、少し顔色が……」

 私は目を丸めた。鏡を見る限りは、まだ周りから見て明らかにおかしいほどじゃないと思うんだけど。それでも分かるくらい、カンナは私を見つめてくれているってことかな。気遣いが嬉しくなって、頬が緩む。目が充血したり鼻血が出たりするようなことにはなっていないが、もう熱は出ていると思う。少し視界も霞んでいた。

「そうだね、疲れた。王様達には内緒にしておいて」

「……畏まりました。ですがどうか、ご無理なさらないで下さい」

「うん、ありがとう」

 熱で少しぼうっとしているから、もうちょっとで理性が間に合わずに腕を伸ばして抱き締めてしまうところだ。伸ばしかけて半端に浮いてしまった手を適当に誤魔化して、彼女と一緒に元の応接間へと戻った。

「報告は聞きました。まずはアキラ様がご無事で何よりです。問題の馬車については引き続き、此方で徹底的に調査を進めます」

「うん、宜しくね」

 リガール草の時の痕跡も、追跡調査は続いているそうだ。並行して調査を進め、必ず突き止めると息巻いているのを曖昧に頷く。反応は雑かもしれないけど、それなりに期待はしているよ。タグも『本当』がいっぱい出てるからさ。

 いつも通りの丁寧な礼の言葉を受け取り、カンナをご褒美に貰う二日後の約束を改めて確認して、今回の任務も終了。私は再びレッドオラムへと転移で戻る。見送る彼らは私がまさかレッドオラムに向かうとは思うまい。そう思うと少し可笑しかった。

 しかしすぐに宿へは戻れない。今回は体調不良を隠す意図じゃなくて、まずサラとロゼの様子を見に行かなきゃいけないから。何も結界には触れていなかったけど、それならそれで、魔法石と結界は回収しなきゃいけないので。

 最初に忍び込んだのと同じ要領で向かえば、変わらずに身を寄せ合っている二頭の姿。一緒だからまだ落ち着いているみたいだね。やはり被害のあった場所から離れているから、大規模な避難も何も無かったみたいだ。この子らは勿論、他に預けられている馬も、見張りの人も変わらない様子だった。魔物の気配も無いし、問題なさそうかな。結界と魔法石を無事に回収。ようやく、みんなの待つ宿屋の部屋に転移する。

「――アキラちゃん」

 最初に視界に飛び込んできたのは、テーブルに座っているナディアとリコット。そしてリコットが私の名前を呼ぶと、ベッドに入っていたラターシャとルーイがすぐに身体を起こしていた。

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