第199話

 外した。

 割とイイ線いってたと思ったんだけどな。デカ狼は軽やかに後方へと飛び跳ねて私の雷を躱すと、転がることなく華麗に着地している。

「はぁ、狐かよ」

 私の中で、ハイジャンプと言えば狐のイメージだった。狼も跳ぶんかねぇ。まあいいや。そもそもあれは見た目が狼なだけで、魔物なんだから。私は一度、デカ狼から視線を逸らし、辺りを見回す。

「あっちも外したか……」

 私の舌打ちを掻き消すみたいに、またデカ狼が吠えて地面や空気がびりびり震えた。小物らが動き出し、デカ狼と共にさっきと同じ隊列を組み始める。同じことをするつもりか。私はもうそれには付き合いませんが?

「圧倒的な力の差もあって、知恵でも上回れないなら。お前に勝ち目は無いよ」

 地面を強く蹴って唸りながら飛び込んでくるデカ狼。振り下ろされる前足を見上げ、私は地に足を付けたままでポケットに手を突っ込んだ。デカ狼の後に飛び込もうとタイミングを計っている小物――ちょっとフライングしてる奴も居たけれど、全部まとめて凍らせる。周辺一帯が、私の氷で真っ白に変わった。

「もう少し知恵があったら、最初の氷を見た時点でこの結末も分かってたのにね」

 私に覆い被さる形で凍り付いているデカ狼に語り掛ける。デカ狼だけは、全身じゃなくて四肢を氷漬けにしているだけだ。全部まとめて凍らせようと思うと私も巻き込まれそうだったので。白い息を吐き出しているデカ狼は、半分凍った身体でまだ私を睨んでいる。

「哀れだねぇ。本当、何をしに来たんだか」

 これじゃ仲間と共に死にに来ただけだ。何の為に? 全く理解できないな。

 嘲りのような私の言葉に怒りを抱いたのだろうか。デカ狼はまた唸り、大きく吠えた。うるっさ。応える手下ももう居ないのに、矜持か何かだろうか。そうして大きく開いた口で、首だけを懸命に動かして私の身体にかぶり付く。傍から見ていたら私は飲み込まれたように見えただろう。まあ実際、口の中には入ったが。

「どーん」

 中から雷魔法をぶっ放した。デカ狼の身体は細切れになって辺りに飛び散り、そのまま霧状になって消えていく。小物らも氷漬けの中で死んでいるので、解除すればそのまま塵となるだけ。

「おしまーい。戻ろっと」

 仮面が壊れていないのを確認してから飛行し、城壁で待機しているベルクの元へと移動した。下から冒険者や兵士が見上げている。だから手は振らないってば。

「い、生きた心地が、いたしませんでした。ご無事なのですね?」

「あはは、ごめん。うん、無傷だよ」

 私が集中攻撃を受けている様子も、最後あいつの口の中に入った瞬間も、此処から見張ってくれていたんだったね。後ろのコルラードも項垂れているので、同じ気持ちだったらしい。それでも駆け付けず此処に留まってくれて良かったよ。流石に他の人間まで見てあげる余裕は無かったから。

「それで残り、どうする? 手伝った方がいい?」

 まだ地上ではちらほらと魔物が居て、戦いは続いていた。デカ狼と戦っている間に街の方へ向かった魔物らは、見逃したからなぁ。

「いえ。あの程度であれば兵士らだけで問題ありません。冒険者らもまだ戦えます」

「そう」

 やっぱり指揮を失った魔物は単なる野良だな。右往左往した後で、兵や冒険者らに容易く仕留められていた。新しいものが来る気配も無い。さっきまでと戦況はまるで違う。もはやただの『後片付け』だ。

「今回は、一体どうしてあのような強力な魔物が現れたのでしょうか?」

「ああ、うん、これ」

 私はローブの中に隠し持っていた魔法石を取り出した。デカ狼の亡骸から回収したものだ。ベルクはぎょっとした顔をした後で、私の表情を窺う。

「術はまだ残ってるけど、回線を切ってあるから大丈夫」

「回線?」

「とりあえず術を写す紙を頂戴」

「は、はい」

 取り急ぎ、ベルクから受け取った紙に術を転写し、魔法石からも術を抜いた。そして魔法石を覆っていた結界を解除する。『回線』を切る為に展開していた結界だ。

「やんわりと操られていたね。百パーセントじゃないんだけど、時々指示が飛んでた感じかな。この魔法石は受信機みたいな役割をしてた」

「そのようなことが……」

「私が『契約』を主体にして通信用魔道具を作ったことを考えれば、出来るだろうねぇ」

 一瞬、信じられないような顔を見せたベルクだったけど、私の言葉にそれが複雑な色に変わる。容易に納得できるほど、簡単な技術ではない。しかし全く不可能でもないことは、私が見せてしまっているのだから否定も出来ない。

「魔物くらい単純な生き物だったら、音を聞かせるだけじゃなくて操ることも、難しくはないよ」

 音というか信号として送ってしまえばいいわけだから、そっちの方がむしろ魔道具の作りとしては簡単だろう。

 しかし部分的とはいえ操られて此処へと来ていたデカ狼を殺すことは、不憫だったように少し思う。だけど、どうしようもないことだ。逃してやったところであの大きさ。何処か別の集落で甚大な被害を出すだけ。所詮は魔物だからね。

「魔法石、か。これが鍵だな」

 小さく呟いた声は上手くベルクに届かなかったようで、彼が軽く首を傾けた。だけど私は何も言わず首を振る。こっちの話――とは言い切れないものの、まだ彼に伝える必要はないと思った。

「あと『回線』を辿って攻撃もしてみたんだけど、ちょっと遠かったから、外しちゃった」

 防がれた感じは無かった。私が単純に狙い損ねたんだろう。回線を辿ったのも急遽で思い付きだったから、やり方が半端だったかな。ベルクとコルラードが一拍置いてから、勢いよく顔を上げる。さっきまでと同じトーンで重要なことを告げたせいだよね。うん、わざとです。面白い。

「近くに居たのですか!?」

「んー、近くと言うほどではないけど。でもこれは私の魔道具みたいに世界の何処に居ても通信できるような代物じゃないからね、それなりには」

 つまり私の魔道具の方が立派なんだよ! という妙な対抗心。あれは傑作なのでそう易々と超えられては困る。ふん。胸を張ってみたが、流石に今のベルクとコルラードは反応しなかった。寂しい。

「クヌギ様、その場所にお連れ下さい」

 そっちの方が重要だよね。別に私だって、重要な情報を蔑ろにしようと思ってるわけじゃないんだよ。行っても無駄だって分かってるから呑気に構えているだけでさ。なんて口で言っても納得しないだろうから、私は軽く頷いてから彼らを連れて飛行した。

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