第198話

 魔力探知を伸ばしながら、私は一度、最前線の氷の壁を解除する。

 壁というのは守るものでもあるが、視界を塞ぐものでもある。危険が迫った時に冒険者には自らの力で逃げてもらわないと困るので、視界は開けておかなきゃいけない。私が氷の中へと閉じ込めた魔物らは既に絶命しているが、瘴気が霧散するのは氷を解いてからだ。冷気と瘴気がふわりと舞い上がり、やや視界を遮る。流石、最前で戦っていたような冒険者らは歴戦の者なのか、最大の警戒心でもってその向こうを窺っていた。そして現れた巨大な影に、息を呑んでいる。

「あれだ」

 タグが間違いなくその影を『大群の頭』と示した。前に見たドラゴンと変わらぬほど大きな体躯を持つ、狼系の魔物だ。

 冒険者らがその巨大さに怯み、武器を構え直すものの無謀に突進して行かないのは好都合。私はそのまま真っ直ぐ飛行し、巨大な魔物の目の前に下りた。とは言え、距離が十数メートルはあるんだけど。大きさのせいで、すぐ近くに居るように見える。

「ふわ~、でっか」

 目玉だけで私の上半身くらいの大きさがありそうだなぁ。めっちゃ私のこと見てる。眼光やば。

 とりあえず名前が分からないから、こいつのことはデカ狼と呼ぼう。デカ狼は喉を唸らせながら、私を睨み付けている。威嚇されてるっぽい? なお、背後ではまた戦いの音がちらほら聞こえた。残っている魔物を、冒険者らが狩ってくれているようだ。こっちに来ないでくれるならそれでいい。

 デカ狼の背後から、またぞろぞろと新手がやって来た。先程のような数ではない。魔力探知で確認する限りは、十分の一程度の数だと思う。

 しかし――先程のような規模で一掃されても撤退せずまだ向かって来ようとする魔物らは、さっきこのデカ狼が吠えたから従ってんのかな。目的がまるで分からない。力の差なんか歴然としているし、このまま進軍して何になる?

「お前は知恵があるんでしょ。どうしてレッドオラムに来たの?」

 声を張って呼び掛けてみるが、言葉が伝わっている様子は無い。デカ狼は私を睨み付けたまま、ゆっくり横に回り込むように慎重に距離を詰めてくる。私が強いことくらいは、分かっているらしい。

 あと気になるのが、こいつの身体はきちんとこと。以前戦ったドラゴンは不自然に胴体ばかりが大きく、翼はちっちゃかった。手足は大きかったけれど、それでも胴体に比べたら未発達に見えた。それに比べ、デカ狼は狼系の魔物をそのまま拡大したみたいにバランスがいい。おそらく動きにも何ら問題は無いんだろう。つまり何て言うか……めっちゃ強そう。

「どうやって成長しちゃったんだか」

 呑気に眺めてそう呟いている間に、小物たちもデカ狼の動きと合わせるみたいに動いて、私を囲み始めた。私を中心に、魔物達の円が作られる。全部、デカ狼と同じ系統の魔物だ。今回の魔物の軍団には色んな魔物が含まれていたけれど、同系統の方が扱いやすいのかもしれないな。その間に、他の種類の魔物達はまたレッドオラム城壁へと向かって行く。んー、まあいいか。さっきより少ないんだから、それくらいは兵士と冒険者が頑張ってくれ。

 一定距離を保ちながら私の周りをゆっくり回っているデカ狼と愉快な仲間達。しばらく放置してたら、まず飛び掛かってきたのは三匹の小ぶ……小物だった。

 結界魔法で盾を作ってその動きを一瞬止め、炎の魔法で消し炭にする。灰になる仲間を見ても、魔物らが怯む様子は無い。

 あんまり時間を掛けると冒険者らが援軍のつもりでこっちに来ちゃうかなぁ。入ってこられると邪魔になるから、間に結界でも張っておいた方が良いだろうか。

 ちらりと城壁の方を窺うと、兵士らが冒険者を少し下がらせていた。ありがたい、大正解の対応です。私が国から派遣された魔術師であること、そして私の魔法に巻き込まれないようにと伝えてくれたかな。さっきの風の矢とか氷の壁とか炎の竜巻とかを見てたから、流石の冒険者らも言うことを聞いてくれたみたいだ。そう思うと炎の竜巻は、パフォーマンスとしては良かった気がする。

「ぉわっ、と」

 余所見をしている隙に今度は五匹が飛んできた。あぶね。さっきの三匹と同じ要領で、消し炭に――。

「わぁ!?」

 私が炎の魔法を出した直後、いや、もう同時くらいのタイミングで、デカ狼が信じられない速度で飛び掛かってきた。巨大な前足が、まだ残る炎と魔物の残骸もろとも私を圧し潰そうと振り下ろされる。咄嗟に飛行して躱せば、次はその動きを読んでいたみたいに十数匹の小物が一斉に向かってきた。

「ちょっ、と、待て! この!!」

 身体から冷や汗が噴き出す。いい連携だな、最悪だわ。無数の目が私を見つめ、牙が、爪が、明確な殺意を持って私に向かう。普通に怖いよ。あー、やだやだ。

 咄嗟に風の刃を全方向へ繰り出し、向かってきた魔物を何とか仕留めた。ほっとしたいところだが。またそれにタイミングを合わせてデカ狼が襲い掛かってきて、避けたら小物が――。おいキリがねえな。

「掠るだけでも、肩から先がぶっ飛びそう」

 今しがたギリギリで躱したデカ狼の前足。浴びた風圧の強さが、そんなことを想像させる。当たらなかったのに、風圧に触れた肩が恐怖で震えた。

 息つく暇も無く繰り返される攻撃。私から動いて、戦況を変えることが難しいわけじゃないんだけど。ギリギリのところで攻撃を捌きながら、私は魔力探知に集中し、デカ狼の所作一つ一つを観察していた。

「お前、さぁ」

 私の出す炎に紛れるように飛び込んできたところをまた躱して、すれ違いざまに囁く。

「――『誰』だ?」

 攻撃してくる小物を燃やし、続いてまた振り下ろされてきたデカ狼の前足を、今度は左右じゃなくて懐に潜り込む形で避けた。こうなると小物らは私に追撃なんて出来やしない。そのまま私は、自分の身体から特大の雷を立ち昇らせる。空気が広く震え、バリバリと大きな破裂音が響いた。

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