第197話

「ちょっと行ってくる」

「アキ――」

 呼び止めようとしたのか、何かを言おうとしたのか、分からないけど。ベルクが「アキラ様」と言い切る前に私はもう城壁から飛び出していた。

 飛ぶ直前に風の矢で攻撃を飛ばしておいたので、私が到着する寸前、冒険者を咥えている鳥種はその魔法に貫かれて絶命する。そして私は鳥種と共に地面に落ちかけていた被害者をキャッチ。タイミングはばっちりだ。あー、なんだ。男か。別に良いけどさ。

 そのまま落とそう……いや下ろそうかなと思ったけど、どれだけ優しく下ろしたところで怪我をしていたら他の魔物の餌食になるだけだ。城壁まで運んであげよう。私ってば優しい。男をぶらさげたままで、さっきまで居た場所に戻った。

「はい、よろしくー」

 到着直後、男をベルクの傍に転がす。回復魔法? しませんよ。キリが無いでしょ。此処は戦場だし、怪我人はこいつだけじゃない。

 コルラードがすぐに指示を飛ばしてくれて、男は救護施設へと運ばれていった。少し混乱していたみたいだけど、命に別状はないみたい。良かったねぇ。

「アキラ様は、ご無事ですか」

「うん、何とも無いよ」

 私が応えたらベルクがほっとしていた。何度一緒に戦いの場に出ているんだか。

「あと此処で名前は呼ばないでね。クヌギなら良いけど」

「……そうですね。申し訳ございません、クヌギ様」

 今後も、こういう場ではアキラで呼ばないようにしてもらおう。コルラードも了承してくれた。

「じゃあ改めて、上空を一掃するよ」

 ベルクの返答を待たず、私は片手を上空へと掲げて先程使った風の矢を一気にぶっ放す。さっきよりも大きな矢を大量に射たので、魔物らの身体は細切れだ。地面に落ちる前にある程度は霧状に変わって、兵士や冒険者らを圧し潰すことは無いだろう。多分。ちょっと当たったらごめん。

 とりあえず、上空の新手は来ないな。魔法じゃない本当の弓矢などを用いて頑張って上空の敵と戦っていた冒険者が何事かと此方を振り返っているが、手は振りません。女の子達じゃないようなので。

「冒険者らが言うことを聞かないなら、下がらせるのも難しいねぇ」

「はい。……巻き込まないように、地上の魔物を攻撃することは可能ですか?」

「うーん、まあ、何とかするよ」

 そんなに心配しなくても、男しか見当たらないからって全員吹き飛ばすようなことはしないってば。ガロも居るしね。いや、ガロが居なくても流石にそんなことはしない。……有事の際はちょっと分かんないけど。

「連れてくと気が散るから、悪いんだけど見張りは此処からやってくれる?」

 そう言って、私はベルクとコルラードを振り返った。

 夜に紛れて蠢く影の数は尋常じゃない。入り乱れ、どれが魔物で人間かなど、境も無い。流石に近付かなければ私も攻撃できないし、つまりこの戦場の中に下りるか、もしくはやや低空飛行する必要がある。ベルクらを連れて行くと、私はその分、神経を割く必要が出てくるのだ。

 言われたことは理解できるようで、不満そうながらもベルク達は口を噤んだ。しかし了承の意が返らない。仕方ないなぁ。

「ほら、ちゃんと観察しやすいようにしてあげるから」

 少し笑って、戦場の上空に無数の照明魔法を飛ばしてやった。流石に昼間ほどの明るさは無いものの、日暮れの少し前くらいには明るい。冒険者らは突然明るくなった周囲に戸惑ってちょっと隙を作ってしまっていたけれど、よく見えるという状況から、不利になる者は少なかった。むしろすぐに有利に転じていて、流石、腕自慢が集まるだけはあると感心する。

「勇敢だね、冒険者ってのは」

 彼らには私のようにチートな魔力も魔法も無い。あるのは使い慣れた武器と鍛え上げた自分の身体一つ。それで、あんな訳の分からない生き物を相手に闇の中で立ち回るなんて、私には出来ないな。

 さておき一時間ほどは、飛ばした照明魔法も同じ位置に留まってくれるだろう。それ以上となるとゆっくり降下して地面に落ちてしまうと思うけれど、明るさは更にもう一時間くらい保つはず。役には立つと思う。

「じゃあ、行ってくるよ」

 次に振り返ったら、もうベルク達の表情から戸惑いは消えていた。背筋を伸ばし、私に敬礼をする。

「クヌギ様のご武運をお祈りしております」

「はいはい」

 毎度のことながらちょっと面白くなってしまうこんな言葉にも、その内、慣れてしまうのかもしれないな。雑な返事をしながら、私は再び戦場の空を飛んだ。

 ローブを纏っているものの、照明魔法による明るさで地上からも私を人間とは認識できるらしい。冒険者らは私を仰ぎ見て驚く様子は見せても、矢を射る真似はしてこなかった。

「ん? あそこに居るのは、ガロか」

 うわー、最前線で戦ってらっしゃる。いい歳なんだからもうちょい内側に居なさいよ。とは思うが。彼の性分から言って、下がってはいられないんだろうね。

「あんなところに居られちゃ、本当、無茶も出来やしないよ」

 誰にともなく呟いた後、私は確認できた順番に、最前線の人間と対峙している魔物を、全て巨大な氷塊で包み込んでいく。最前線――つまり、それより奥には人間が居ない位置だ。

「うわ!」

「なっ、なんだ!?」

 地上で冒険者が騒いでいるが、まあ説明してあげる暇は無い。ガロの前に居た魔物も含め、全てを凍らせた。これで、冒険者らを『守る』壁の完成だ。

「よし、地上も一掃するよ」

 氷塊は、冒険者らを私の魔法に巻き込まない為、かつ、氷の向こう側は全部が敵という目印でもある。入り乱れているところは残しちゃうけど、それくらいは兵士や冒険者らが何とかしてくれ。私の担当は『向こう側全部』ってことでね。

「風と炎の合わせ技! ってのはどうかな!」

 思い付いちゃったからを四本立てて氷の向こうを蹂躙したんだけど、これ多分、高位の魔法だね。使ってみた瞬間、ぐんと身体に負荷が来た。うあー、後が怖いわ。女の子達に怒られるのも怖い。

 勝手に担当とした『向こう側』が一通り灰になった後、私が蹂躙したよりも更に遠くの方から、新しい気配。

「んん? ……今、なんか吠えたなぁ?」

 それは地面が内から揺れ響くような、異質な音だった。

 残党と、遠くの第二陣の魔物が、音に応じてざわついたように感じた。

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