第196話_レッドオラム北西戦線

 これから私が出るとは言え、城も並行して援軍の準備を進めているらしい。

 実際、早く片付けられたとしても復興には支援の手が必要だろうし、今回の戦いで兵士が死傷により減ってしまえばその分、補充も必要になる。何より救護に当たる手が必要で――なんて、まあその辺りは城の方がよく心得ているだろうから、口出しは無用だ。

「じゃあ、早速行くか。あ、そうだ。今回もご褒美はカンナが良いんだけど」

 重要な事案を忘れていた。立ち上がりそうになった身体を留めて尋ねると、王様はカンナの方へと顔を向けた。

「問題ないな?」

「はい、勿論でございます」

 カンナが淀みなく答えて頭を下げる。よっしゃ。

 ちなみに此処で断られたら私はやる気を失くして一旦、小休止したかもしれない。流石にレッドオラムには自分の女の子達が居るから、対応は行くけどさ。

 さておき、本当にもう行かなければ。今回は急ぎだから仕方がないんだけど、折角カンナが淹れてくれたお茶が半分くらい残ってしまっ……いや、飲み干そう。てい。

 勢いよく紅茶を傾けるような奴、貴族には絶対に居ないだろうな。周りがちょっとびっくりした顔をしていたけど、私がカンナのお茶を好きだって知ってるから心情は理解してくれていると思う。

「付き添いは?」

「無論、私共が」

 いつも通り、ベルクとコルラードが前に出た。以前は途中からコルラードが抜けて戻らなかったはずだが、今回は居るのか。例の犯人捜しはどうなったんだろ。ま、いいか。何か分かったら教えてくれるって言ってたもんな。

 ようやく立ち上がり、ローブを改めて羽織る。さっき着替える時に一度脱いでそのままだったのだ。そして転移をしようとした時――、ふと、カンナが何か言いたげに見つめている気がした。

「ん?」

「……いえ」

 彼女にしては少し珍しく言葉を詰まらせたように見える。後ろ髪を引かれてしまうなぁ。ちょっとだけ抱き締めても良いかなぁ。駄目だろうなぁ。そんなことを考えて数拍、転移を躊躇っていたら、カンナがきゅっと唇を引き締めてから、ゆっくりとそれを開いた。

「どうぞ、ご無事で」

 静かにそう囁くと、カンナは私に向かって頭を下げる。うーん、これは堪らなく嬉しい。

「ありがとう。君のその言葉が何よりの力だね」

 本当に百人力だ。やる気が出るよ。本当なら抱き締めたいけれど、彼女は『侍女』をしている最中だからと何とか堪え、再び頭を上げたカンナに軽く微笑んでから、転移した。

 ヴァンシュ山の対応時と同じく、一旦、レッドオラムから少し離れた南側の森に出る。

 今、北西は軍勢と戦っているだろうから、状況も分からず転移するのは危ない。私はともかく同行の二人が出会い頭で落とされちゃったら、レッドオラム兵と私を繋ぐパイプが無くなって困るし。いや冗談。二人を死なせたくもない。

「じゃあ、このまま街の西側に飛ぶよ」

「はい」

 事前にレッドオラムの地図を見せてもらい、向かうべき場所は教えてもらっていた。街の西にある塔の傍には警備兵の詰所があり、有事の際は必ずその場所が指揮の中枢になるらしい。そして城との通信もその場所で行っているそうだ。

 応援の魔術師を連れた王子と騎士団長が飛んでくることは既に通信がされていたのか、勢いよく城壁西側に飛び込んでも、驚いた顔をしつつも兵らは武器を構えなかった。ベルク達が前に出れば淀みない動作で彼らは跪き、すぐに司令部へと案内してくれた。

「――この街は腕に自信のある冒険者らが多く、頼もしくはありますが如何せん、兵の指示を聞きません。よって、あまり統率の取れた防衛とは言い難く……」

 司令部で真っ青な顔をしながらレッドオラムの兵団長さんが話しているのを聞き、なるほどなぁと思う。

 それでも腕自慢達が先陣を切って魔物を食い止めている為、既に結界は破損してしまっているものの、城壁を破られるには至っていない。街の中への侵入も許していないようだ。その間に兵士らが城壁に近い場所の住民らの避難指示と誘導に当たり、避難を終えた地域から順に内壁の門を閉ざしているとか。

 うん。適材適所で、良い対応だと思う。大きな城壁と東西の塔を建てた頃に作った避難計画が、今もちゃんと引き継がれているんだねぇ。

「魔物を率いている存在について、何か分かったことはあるのか?」

 敬語じゃないベルクって新鮮だなぁ。第一王子だから当然、あらゆる人より立場が高いんだけど、私や王様と話している彼を一番よく見るせいで、敬語の印象が強い。今、どうでもいいことだが。

「いえ、申し訳ございません。あまりに魔物の数が多く、食い止めることで精一杯であるのが現状です」

 それでも、大砲などを用いて大きく数を減らした場所があればそれを補充するように動いたり、腕の立つ冒険者が居れば誘い込むように動いたりするようで、大群そのものに意志があるように見えるという感想は変わらないらしい。冒険者らの間からも、不気味だという声が相次いでいるとのことだ。

 長期戦になるとその不安や疑惑で剣が鈍ってくるかもしれないし、勢いで戦線に参加した程度の冒険者は撤退するかもしれないなぁ。

 ま、私が此処に居るんだから、これから長期戦にはならないんだけどね。

「もう出よう。とりあえず数を減らしながら頭を探せばいいね?」

 レッドオラムの兵団長と王子の会話に無遠慮に割り込んでそう言うと、兵団長と彼の傍に控えていた兵らは微かに怪訝な顔をした。しかしベルクが「はい」と私に丁寧に答えた為、口を噤む。少なくともこの国の第一王子が丁重に扱っている相手ということは伝わったようだ。

 そんな彼らの様子を横目に、私はベルクらを促し、さっさと司令部を出て城壁の上へと上がった。

 うえぇ。こりゃ酷い。気持ち悪いくらいに魔物が居る。エーゼン砦の時以上だ。そしてそれと混ざり合うみたいに、冒険者と兵士。互いに上手く距離を取って同士討ちにならないようにはしているみたいだけど、これじゃあ城壁から大砲打ち込むにも、巻き込みそうで中々難しいね。

「まずは飛んでるものを片付けて――」

 と言っている間に、上空から襲撃された冒険者の一人が鳥種の魔物に咥えられ、高く持ち上げられていた。あーらら。仕方ない、あれは先に助けておくか。

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