第195話

 討伐依頼なので、リガール草の依頼の時よりも応接間の空気はぴりぴりしていた。それでも前みたいに会議室じゃなくて応接間なのは、私に美味しいお茶を出して機嫌を取る為だろうな。夜中だしな。

「眠い」

「申し訳ございません……」

 到着早々で文句を言うと、挨拶前に王様達が頭を下げた。まあ嘘だよ、ちょっと遊んだだけだ、頭を上げろ。

「ところで、リガール草って今でどれくらい集まったの?」

 例の魔法陣はまだ解除していない。四千株を収穫できた報告が来ていない為だ。あれからまだ半月ほどしか経っていない為、遅いとは思わないけれど。あと半月くらいかな。

「つい先日、二千株を超えたところです。今月の末には、解除をお願いできるかと」

 予想通りだね。私は簡単に頷いておく。株分けも試しているみたいだけど失敗する確率が少し高く、今のところ種から発芽させて栽培する方が安定しているらしい。そうかぁ。勝手が違うんだな。

「あー、あと、悪いんだけど何か服を貸してもらえないかな」

「服ですか?」

「うん。行き先はレッドオラムでしょ? あそこには多分、知り合いの冒険者が居るんだ。バレると困る」

 昨日会ったばっかりで多分じゃないですけどね、ガロさん。

 顔を認識できない仮面を着けて見慣れないローブをしていても、中に着ている服が私のセンスだとちょっとバレそうな気がして不安なんだよなぁ。ガロってあれでいて結構鋭いし、観察力があるし。だから雰囲気が違う洋服が欲しい。そう説明すると、すぐに用意すると言ってくれた。レッドオラムは冒険者ギルドが盛んだというのは有名のようで、誰も不審な顔はしなかった。

「カンナ、君も手伝いに行きなさい」

「はい」

 今回もお茶係としてカンナが控えていたみたいだが、着替えにも彼女を付けてくれるそうだ。いや、着替えは一人で出来るんだけど……まあいいか。王族には分かるまい。分かるかもしれないけどカンナが傍に居る方が良いから別に良いです。

「――アキラ様、こちらはどうでしょうか?」

「ああ、いいね、普段なら着ないタイプだ。それに、動きやすそう」

 応接間の隣の部屋を空けてくれて、幾つか服を持ってきてくれた。城に置いてある服なんて当然のように私が着そうにないものばかりだ。その中からカンナが勧めてくれたのは、締め付けの緩いブラウスに、式典でなどで衛兵が着る白のパンツ。女性用だそうだ。衛兵にも女性が居るんだね。雑談がてら尋ねれば、騎士や衛兵の中にも女性は居るらしい。割合としては圧倒的に男性が多いものの、制限されているわけではないとのこと。二割くらいが女性と聞いて、思っていたより多いんだなと驚いた。

 とりあえずサイズが合えば今勧めてくれたものでいいや。手伝ってくれようとするカンナを宥め、ちゃっちゃと自分で着替えた。あ、大丈夫、丁度いいです。脱いだ服は全部カンナが綺麗に畳んでくれている。戻るまで、保管しておいてくれるらしい。

「じゃあ改めて、内容を聞かせてもらえる?」

 再び応接間へと戻り、王様の前に座る。私の新しい装いに対して「お似合いです」とか何とか言うべきかって顔してベルクと従者らが顔を合わせているのが見えたから、要らないって手を振っておいた。伝わったらしく、ベルクが小さく会釈してくれた。本当にそういうの要らん。どこぞの社交界で出会った令嬢みたいな扱いをするんじゃない。

 王様は自分の背後と私のそんなやり取りに気付く様子も無く、テーブルに地図を広げていた。私の場合はそれで良いんだけど、駄目な時もあると思うよ、王様。

「お知り合いがいらっしゃるとのことで、ご存じかもしれませんが。此処が対象となっている街、レッドオラムです」

 私は頷くだけに留め、知っていたとも知らなかったとも言わない。王様は軽く私を窺った後で、そのまま説明を続けた。

 元々、レッドオラムの周辺は魔物が多いと聞いている。特に北西に多く、その方角へと進む場合には必ず兵士や冒険者の護衛が必要だ。今回の襲撃もその方角からではあるものの、規模は今までに見たことが無いほど大きく、そして押し寄せてきたのは魔物の『軍団』だと言った。

「軍団?」

 大群、と言わなかった違和感に聞き返せば、それが今回の本題と言わんばかりに王様が深く頷く。

「偶然に集まった群れというよりは、何かが率いているかのような動き方だと報告が入っています。魔族の存在はまだ確認されておりませんが、可能性はあります」

「は~、なるほど」

 嫌だなー。まだ魔族とか魔王とは戦いたくないなー。魔族っぽかったら女の子達と馬二頭を連れてさっさと逃げようかなー。良くないことを考える傍ら、ひと欠片の良心で解決策も講じてみる。

「逆にそれなら、殲滅しなくても頭を叩けば、状況は一変するかな」

「私共も、そのように考えております」

 その『頭』が魔族でないことが望ましいんだけど、魔族だったとしても、そいつだけが私の相手で、他を兵士と冒険者に任せるって手は、無くはないぁ。でも嫌だけどなぁ。

「うーん、ちょっと難しいかもしれないけど、真偽のタグ使ってみようか。今のレッドオラム襲撃の中に、魔物らを率いる存在が居る?」

「『はい』」

 本当と出た。しかし続けて確認してみれば、その存在が魔族であるのは嘘と出る。お、まじか。ちょっと私の気分も浮上した。そしてそのまま確認を続けると『人間』でもない。あくまでも率いているのは『魔物』であるそうだ。

「少し知恵を持つ魔物なのかな。そんなのが居るの?」

 今までの魔物はそんな風には見えなかったというか、知恵があるものは全て魔族なんだと思っていた。しかし私以外が驚いている様子は無い。王様も険しい顔ではあったが、私の問いに頷いていた。

「あまり多くはありませんが、報告としては存在します。群れを成す魔物から派生した亜種などがその内の一つです」

 なるほどねぇ。

 ヴァンシュ山で見た竜種の亜種とか、ああいうのか。私が見た時は単体だったから知恵の有無も分からなかったし、一瞬でケイトラントが殺しちゃったんだよな。

「じゃあ、その存在を叩けば、魔物の襲撃は止む?」

 私の問いに王様は先程までの要領で『はい』と答えたけれど。私は一秒待ってから、眉を寄せた。みんなが私の反応を見て、緊張を深めている。溜息を落として、私は軽く肩を竦めた。

「タグが出ないね。薄々気付いてたけど、『未来』のことをタグは示さないらしい」

「……そうなのですね」

 つまりタグを予言としては扱えない。これが示してくれるのは過去のこと、または今ある事実だけだ。それすらも時と場合によっては黙り込むから、やっぱり万能ではないんだよな。でも、示してさえくれれば、それは絶対に『真実』だ。つまり。

「少なくとも『率いている魔物』の存在は確かだ。タグがどの程度の早さでそれを教えてくれるかは分からないけど、数を減らしながら、そいつを探すのが妥当かな」

 指示役を落とした瞬間に魔物らが瓦解してくれるとは限らないが、統率が崩れることで少なくとも此方が優勢にはなるだろう。

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