第193話

 私の魔力の高さなんて何にも知らないだろうに、抱き締めてゆっくりと背を撫でてあげたら、少しダリアは落ち着いた。

「西、ちょっと北寄りの城壁だと思う」

「なら此処からは少し遠いね。まだ時間はありそうだ。お風呂入って、服着ちゃおう」

 二人で一緒に浴室に入り、一緒に身を清めて服を着た。ダリアは此処から徒歩五分のところに住んでいるらしい。城壁側ではないので、避難が入ってもまだ余裕があるはず。ちなみに此処は私達が寝る為だけに取った安宿です。

「ダリア、私は行かなきゃいけないけど、どうか無事でね」

「アタシは大丈夫。アキラも気を付けて。きっとまた会ってよ」

「勿論だよ」

 家まで送り届けてあげたかったが、私はただの客だ。家を教えてもらうには流石に少し縁が薄い。人気の無いところで軽くキスを交わして、ダリアとは別れた。

 まだ街中へ広く知らせるような警報は鳴っていないけれど、ダリアのように鋭い聴覚を持つ獣人族がこの街にも沢山いる。そわそわと落ち着かない様子で住民らが外に出てきて、辺りを窺っていた。その内の多くが獣人族で、それ以外はおそらく彼らに知らせを受けたのだろう。

 宿に戻る道中、少し外れればギルド支部がある。詳しい状況を確認できれば幸いと向かってみれば、ひと際、大柄な男がギルド支部から出てくるのを見付けた。

「ガロ!」

「……アキラか!」

 小走りで駆け寄る。傍にお仲間さんが見当たらない。一人のようだ。

「久しぶり、まだレッドオラムに居たんだね」

 最近は特に何の連絡も取っていなかったし、街中をうろうろしても出会うことはなかった。別にこの街を離れるからって私に挨拶をする必要もない。もう故郷へ戻っているかもしれないと思っていたが、曰く、ちょっと期間の長い仕事を受けて、レッドオラム近郊に留まっていたそうだ。

「ついさっきに終わったところでな、報告に来ていたんだ。これを区切りに、そろそろ故郷へ戻ろうとも思っていたんだが」

「幸か不幸か、だねぇ」

「ああ。……此処に来たってことは、今の状況を知っているのか?」

「ううん、残念ながら。知ってるのは北西の城壁辺りで警笛が鳴ったって情報だけ」

 別の宿でセックスしていたことは伏せ、つい先程まで獣人族と飲んでいたと話す。ガロは特に疑う様子も無く頷いて、状況を話してくれた。

 今、レッドオラムは魔物の大群から強襲を受けているらしい。北から西に掛けての城壁の至る所で攻撃が発生し、レッドオラム駐在の兵は勿論のこと、腕に自信のある冒険者が軒並み招集されていた。ガロもこれから仲間に知らせて、彼らと共に防衛に参加するようだ。

「アキラは――」

「私は戦わないよ」

 彼が何かを言うより早く、否定した。ガロが私に戦えと言うことは無いだろうけど、早く自分の立ち位置を知らせておくに越したことは無い。ガロは少し黙ってから、ゆっくりと頷く。

「……ああ、それでいい。お嬢さんらと共に安全な場所に居ろ。これは俺達や兵士の仕事だ」

 彼らしい言葉だ。

 無事にこの危機を乗り越え、再会できることを互いに祈って、その場を離れた。今度こそ、みんなの待ってる宿に帰らなきゃな。

 急ぎ足で宿に戻れば、四人とも起きて着替えていた。多分ナディアの耳が異変を聞き取って、みんなを起こしたんだろう。頼りになるお姉ちゃんだね。

「遅いわよ」

 帰るなり、そうしてナディアに怒られる。でも本気で責めているって言うより、不安だったから、ぶつけてきたんだな。可愛い。私は笑みでその言葉を受け止めた。私の表情が呑気なのを見止めて、みんなの緊張が少し緩んだのを感じる。大丈夫だよ、もう私が居るからね。

「ギルド支部でガロに会ってね、状況を聞いてきた。とりあえずこの区画はまだ避難にならない。待機になる見込みだ」

 レッドオラムは昔、魔物の大群に襲われた歴史があったことから復興時に対策が取られた設計になっている。結界も他より丈夫だし、更にその内側に巨大な防御壁があるので容易く侵入を許しはしないだろう。そして街中にもその壁は入り込み、攻撃を受けている箇所に程近い区画は別の区画へと避難して内壁を閉ざす。そうして被害を抑えつつ、近隣からの支援を待つのだ。私達が居る地域は中央部なので、避難指示が出ることは考えにくい。出るとすればもう街の大半が魔物に占領されてからになる。つまり、ほぼレッドオラムが落ちる頃だ。そんな状態になったら流石に転移魔法でみんなを連れて遠くに逃げますよ。一旦、スラン村で良いかな。

 しかしそれは最終手段。とりあえず他の住民らと共に、私達は此処で待機し、続報を待つのが最善だ。私は少し早口でそれを説明した。此処に留まることは決定しており、この部屋にまだ脅威は無い。だけど私は今ちょっとだけ急いでいた。まだ、守らなきゃいけない子達が居る。

「私はこれからサラとロゼを見てくる。連れては来られないけど、魔物除けと異変感知の結界を張ってくるよ。あの子らに何かあったら大変だ」

 そう言うとみんなが一斉にハッとした顔をした。そう、あの二頭は街中じゃ傍に置けない。守護石も持たせていない。だけどあの子らも私達の大事な仲間だ。放ってはおけない。

 みんなが同意して頷いてくれたのを見て、そのまま転移魔法でサラ達を預けている厩舎の近くへ飛ぶ。周囲が住宅街ではない為、幸い人気が無かった。当然、厩舎に夜の番は居るけれど、内部には居ない。再び転移魔法を利用し、中へと直接飛ぶ。

「ちょっと落ち着かない感じかな。大丈夫だよ、サラ、ロゼ」

 二頭に近付く。いつもよりそわそわしている。周辺の騒ぎが聞こえているのだろう。

 ただ、此処は東側の城壁傍にある厩舎なので、今回騒ぎが起こっている部分とは逆方向だ。魔力探知で確認する限りは、魔物の大群のような気配は感じられない。

 彼女らの馬装具に私の魔法石をこっそり付けて、ごく小さい魔物除けの結界を張る。この程度の規模なら、常人の目では分からない。しかし魔物が直接襲ってこなくとも建物が崩れて二頭に危険が及ぶ可能性もあるので、建物の形状に変化があったら感知できる結界も張っておく。感知は建物全体に広げたので、引っ掛かった場合に即座に反応すれば、彼女らが怪我をする前に駆け付けられるはずだ。

「とりあえずこれで安心かな。何も心配は要らないからね」

 宥めるように二頭を撫でてから、今度は直接、みんなの待つ宿へと転移して戻った。サラ達の厩舎付近には異変が無かったことと、私がした対応を話せば、みんなは少し安堵の表情を浮かべていた。

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