第191話

「はー、ゾラにもまた、お礼言いに行かないとなぁ」

 一頻り笑った後で、アキラはそう言ってまた新しい酒瓶を開けた。この人はまだまだ食べて飲む気であるらしい。現在進行形で酔いが回っているリコットは、アキラのその様子に軽く引いていた。

「ところでリコット?」

「ん~?」

 椅子に座ってぐでっとしながら濡れタオルを顔に置いているリコットを、ナディアが覗き込む。顔色を心配している様子ではなく、ちょっと呆れたみたいに目を細めていた。

「私達は未だ誕生日プレゼントを渡していない、ということ、覚えているかしら」

「あー! そうだった、酔い潰れてる場合じゃない!」

 ナディアの言葉でリコットが跳ね起きる様子に、またアキラ含めてみんなが大きな声で笑う。

「はぁ、今日は良く笑う日だよ、もう、充分なんだけどな」

 彼女らがアキラに選んだプレゼントは、どれも普段から身に着けられるものだ。リコットからは帽子、ナディアからは上着。ラターシャからは馭者の時に利用できるようなグローブ、ルーイからはベルト。リコットの渡した帽子も、馭者の時に前に座る彼女は誰よりも寒いだろうと耳当て付きなので、ラターシャと同じ意味合いとも言えるかもしれない。

 早速みんなの前で身に着けたアキラは、似合う似合うと口々に褒められてご満悦だ。

「私はアキラちゃんがくれてるお小遣いから買ってるから、ちょっと心苦しいんだけど……」

「あはは、良いんだよ、自分の為に使えるお金、我慢して私に使ってくれたんだから。充分に嬉しいよ、ありがとう」

 結局その後、いつもの就寝時間が訪れるまでにアキラは食事もケーキも綺麗に平らげてしまった。酒は流石に残っているが、アキラは一向に酔う気配も見せない。酔いが残っているリコットは休ませたまま、残り三人が手分けしてテーブルを片付ける。ちなみに最初にまき散らした紙吹雪はほうきとちりとりで簡単に回収し、棚の隙間やベッド下にも入り込んだものは明日以降にのんびりと回収する予定だ。

 なお、アキラは本日の主役である為、片付けも不参加。みんなが動いている横で、引き続きお酒を傾けていた。

「――もう、みんな寝たのね」

 順にお風呂に入り、ナディアが上がる頃には、既にお風呂を済ませたルーイとラターシャとリコットはベッドに入り、眠っていた。

「うん、だから髪は私がやるよ、こっちおいで」

「私は良いから、アキラも入ってきたら?」

 リコットとラターシャが風生成を覚えるまで、髪を乾かすのはアキラの役割であったものの、ナディアだけはほとんどの場合、乾かしてもらうことを遠慮してタオルドライを続けていた。だから彼女にとって乾かし係が居ないことはさほど苦痛ではない。そもそもこの世界の庶民はみんなタオルドライであって、今の彼女らは風魔法のお陰でやや楽をしているに過ぎない。

 しかし、にっこりと笑うアキラは引き下がる様子が全く無く。いつまでも手招くので、諦めてナディアは彼女の隣に座った。

「……リコットは、大丈夫だったかしら」

「うん。もうほとんど抜けてたみたいだから、心配ないよ」

 長くお酒で回っているようならリコットは先に寝かせようかとみんなで話していたものの、お風呂に入る時間には随分と回復していた。本人が大丈夫だと言うのでお風呂も入らせたのだが、ナディアはまだ心配だったらしい。

「はい、出来上がり~。じゃあ私も入ってくるよ。あ、お酒は置いといて、まだ飲むから」

「まだ飲むの……」

 呆れた顔で見送りながらも、ナディアはお酒をそのままに、自分にはお茶を淹れてテーブルに座り直す。明かりはテーブル付近にだけ灯され、部屋はもうすっかりと暗い。アキラが入浴している微かな音と、穏やかな三人分の寝息だけが部屋に落ちる。

「あれ? 先に寝て良かったのに」

 アキラがお風呂を上がってもまだ眠らずにいたナディアを見つけて、彼女は意外そうに目を瞬いた。ナディアは小さく肩を竦める。

「主役を一人置いて、寝れないでしょう」

「あはは、もうすぐ日も変わるよ。真面目だね」

 浴室でもう髪も乾かしてきたらしいアキラは、そのままテーブルに座るとすぐに晩酌を続けた。暗い部屋をぼんやりと眺めながら、強いアルコールを傾けている。

「クラッカーならまだあるけど、出しましょうか?」

「いや、もういいよ。ありがとう」

 特につまむ軽食も無く、ただただお酒を味わうように、アキラは飲み進めていく。しかしそのペースはお茶を傾けるナディアの方が遅いくらいだ。改めてそれを繁々と眺め、ナディアは呆れるような、感心するような心地になる。

「子供が寝た後に晩酌したがる父親の気持ちが、ちょっと分かったような気分」

 徐に、アキラが呟く。ナディアはゆっくりとその言葉を飲み込んで、しかし理解が及ばずに首を傾けた。彼女の知る『父親』は昼夜問わず酒に溺れていたどうしようもない男だ。ならばと物語の中を辿ろうにも、ナディアは家族愛を描くような温かな物語をほとんど読まないので参考にならない。

「……騒がしかった?」

「いやいや。私がそれを嫌厭するわけないでしょ」

 唯一思い付いたのがその程度だったが、アキラは首を振りながら笑った。事実、アキラはむしろ賑やかなことを好むタイプであり、何より彼女の性質上、『女の子』がわいわいと話すことを嫌がるはずもない。

「可愛かったなぁ、可愛いなぁって、噛み締めて飲むお酒は美味しいってこと」

「……本当に親のような心境で飲んでいるわね」

 言われてみればナディアにも納得できる『親』の像だった。親かどうかは、ともかくとして。呆れたみたいな相槌を打つナディアだったけれど、その口元は確かに、緩く弧を描いていた。

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