第190話

 アキラは軽く脱力しながら、テーブルに頬杖を付く。

「お祖父ちゃんがフランス人……別の国の人でね。つまり四分の一が他国の血」

 この世界の者には分かりようもないことだが、クォーターなのだと聞けば誰もが納得する程度には、アキラはやや西洋に寄った顔立ちをしていた。つまり元の世界の彼女はラターシャと同じように、見た目だけで『混じり者』であることが分かる容姿だったのだ。

「良くも悪くも目立ったよ。クォーターだなんて格好いいね~っていう人も沢山居たけど、偏見の方が、ずっと多かったな」

 うんざりしたみたいな顔でそう告げるアキラは、四人にとっては少し珍しいものに見える。彼女はいつだって軽い調子で笑っていて、にこにこしていて、だから『分かりにくい』とナディアに言わしめる。そんな彼女が今は、明らかな不快感を表した。それは先程、思わず『混じり者』などと言ってしまった理由を強調し、ラターシャを意味するものではないと示す意図が強いのだろう。けれど何も無いところから出せる感情でも無い。彼女の中にも確かにある、『嫌な』思いだ。

「今思うと、兄さんが親に隠れてでも私に武術を教えてくれたのは、そのせいだったのかもね」

 当然、兄妹なのだからアキラの兄もクォーターだ。アキラの生まれ育った国はやや男性社会であった為、かえって男の方が酷い目に遭っていたのではないかとアキラは話した。女であるアキラが受けた嫌がらせは、彼女曰く、どれも小さくて下らなかった。

「それでも明らかな『嫌がらせ』を受けるくらいには、偏見があるのね」

 確認するようにそう言って、ナディアは不快そうに眉を寄せる。この国ならば低層の娼館であっても、雑種の獣人族や肌の色が違う人族が、そんなことを理由に嫌がらせを受けるようなことは全く無い。クラウディアが自負していた通り、この国は本当に種族の違いや国の違いには寛容だ。精々、ついこの間まで戦争をしていた竜人族に対して初見では少し恐怖がある程度。しかしそれも対峙して話してしまえば、根深く残りはしない。

 そんな環境でのみ生きている三姉妹からすれば、アキラが語るそれはエルフの文化にも近く、生き辛い世界に思えた。

「いやいや、流石にエルフほどの苛烈さは無かったよ。……だから余計にムカつきもするんだけど、まあ、その話は止めよう。一応、今はお祝いの席でしょ? 私のだけど」

「ご、ごめん、私が変なこと聞いちゃった」

 ラターシャの質問から発展した話だった為、彼女が慌てて謝る。しかしアキラは柔らかく微笑みを湛えながら首を振った。彼女の生きてきた今までを思えば、そのような文化の有無に興味を持つのは自然なことだ。アキラにとってはやはり、答え方を間違えた自分が悪いと思えることだった。

 以降は、誰もアキラの世界の話を広げなかった。

 アキラがお酒の話を始めた辺りで、その話題を突いたり広げたりと、部屋の空気をいつも通りの穏やかな色に戻していく。昼になるとリコットが用意した豪勢な食事が運び込まれてきた為、先程の重い空気はひと欠片も残らなかった。

 飲酒の意味ではそこからが第二ラウンドだが、アキラの飲酒ペースが落ちる様子は一切無いままで、三時間後、最初にリタイヤしたのは途中参戦のリコットだった。

「ふふ。大丈夫? 結構、飲めそうなイメージなのに」

 冷たい濡れタオルと共にお茶をリコットに手渡しながら、アキラが楽しそうに笑う。朝からハイペースで飲み続けているにも拘らず、その表情にはまだまだ全く酒気が無い。

「今日はアキラちゃんに釣られただけだよ~、普段はもうちょっと飲めるよ~」

 ペースが早かった、とリコットは訴えているらしい。確かに、アキラ同様に午前中から飲み続けているナディアも、かなり遅いペースで飲むことで何とか酔わずに保っている。リコットは午前に我慢したこともあって、ついついアキラのようなハイペースで飲んでしまっていた。そう思えば途中からペースを落としつつも六杯目まで行ったのは飲んだ方だろう。

 気持ち悪くなっているようでもなく、寝落ちてしまったわけでもなく、管を巻いているわけでもない。顔を赤くして「ぐらぐらする~」と笑っているだけだ。この様子ならすぐに酔いも抜けるに違いない。

「しかしケーキを二つも買って来てくれると思わなかったなぁ~贅沢な誕生日だなぁ」

 ラターシャとルーイが用意したケーキは二種類あった。酸味のある果実が使われているフルーツタルトと、濃厚なチョコレートケーキだ。五人で食べるなら一つのホールケーキが本来ならば丁度いいのだが、アキラが居るとそれでは全く足りない。

 既に全員が二切れずつケーキを食べ終えて、その残りをアキラがまだ延々と食べている。おそらく残さず食べるだろう。アキラの食事量を考慮して諸々を多めに用意したものの、少なかっただろうかという心配まで付いてくる食べっぷりだ。

「それとこれも、めちゃくちゃ美味しいねぇ。リコ、このお肉は何処で買って来たの?」

 ケーキの後に、ローストビーフのような薄切りにされた肉を野菜と共に頬張りながらアキラが尋ねる。デザートと食事の順序は気にならないらしい。目の辺りを濡れタオルで冷やしていたリコットが、声に応じて振り返った。

「あ~それはねぇ、ギルド支部から南に入ったとこにある食堂だよ。普段は食事に乗っけてるだけで肉としては売ってないみたいだけど」

「そんなものをどうやって買って来たのよ」

 先にそう疑問を投げたのはナディアだった。彼女らも、リコットが仕入れた食事の経路や方法は何も知らない。それに対し、リコットは事もなげに衝撃的な事実を答える。

「ゾラさんに口利いてもらってー」

「何でギルド支部の統括様を有効活用してんのさ!」

 アキラが引っくり返って笑った。この中でゾラと面識があるのは、アキラ以外にはリコットとラターシャだけだ。いずれもアキラの連れとして顔を合わせただけで、簡単には名乗っているものの、知人と言うにも少し遠いのではないだろうか。

「えー、もうすぐアキラちゃんの誕生日でさ~って言ったら、すぐに良いお店を教えてくれたよ?」

「この子はさ~~~」

 世渡り上手にも程がある。『アキラ側の』知人だからこそ、今回は利用できたのだろう。

 やけに美味しいものを揃えてあると思ったら。並んでいる食事の半分くらい、ゾラからの紹介だったそうだ。ギルド支部統括ならこの街のことは確かによく知っているはずだ。人選が最適すぎると言って、改めてアキラが大爆笑していた。これだけ笑わせることが出来たなら、リコットのその選択もまた一つの出し物だったと言えるかもしれない。

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