第189話
女の子達からぎゅうぎゅうと締め付けられながら、アキラは少し脱力したみたいに笑った。
「いやー本当にびっくりしたなぁ。みんな隠すの上手だねぇ。何を用意してくれたんだろ、楽しみだな~」
「ちょっとハードル上がっちゃってる! いやでも、喜んでもらえるように頑張ったよ!」
明るい声でリコットが応える。この空気を長く続けてもアキラを困らせてしまうと思って、わざとそうしたのだろう。リコットが身体を離したタイミングで、みんなも身体を離した。
「っていうかナディ、さっきのお酒ってまさかこの為? 流石に多くない?」
「だってアキラがどれくらい飲めるのか『試し』たかったから」
「そういう意味か……」
タグが見えるというのも、逆に混乱するのかもしれない。アキラが肩を竦めた。そしてまだ少し心配そうな顔で見上げてくるラターシャとルーイの頭を、優しく撫でている。
「朝食を食べたばっかりだからまだ何も始められないけど、お昼は美味しいごはんとケーキ、持ってくるからね。たっぷりあるから、夜まで好きなだけ食べて飲んでもらおうと思ってさ」
一生懸命に説明しながらリコットはアキラの手を引き、入り口付近に立ち止まったままだった彼女を部屋の中央付近にあるテーブルに座らせた。
「それは贅沢だなぁ」
「お酒ならもう始めても良いわよ? おつまみなら用意してあるし」
料理は手作りにするとどうしても準備段階でバレてしまうだろうし、そもそも食材を隠しておける場所が無い。何より、手作り料理はアキラが作るのが一番美味しいという悲しい状態だ。彼女はそれでも喜んでくれるだろうけれど、祝う側としては居た堪れない。よって、どれもあちこちの店に頼んである。昼になったらリコット達が手分けして受け取ってくるらしい。
さておき、結局はこの勢いのまま、少しのおつまみでお祝いが開始された。
ナディアもアキラに付き合ってお酒を飲む。年齢的に付き合えるのは彼女一人だけだが、リコットも来月には二十歳であり、前職の段階ですっかり飲み慣れている。昼に食事を取りに行った後にはもう外出しない為、保護者下ということで飲んでもいいことにした。ラターシャとルーイは流石に健康面を考え、飲ませないけれど。
ソフトドリンクも今日までに少しずつ買い溜めていたので問題ない。これはクローゼットに隠されていた。巨大な収納空間を持つアキラは普段、クローゼットを使わない。四人だけしか触らない場所である為、唯一の隠し場所だった。常温でも悪くならないようなお菓子やつまみもそこに仕込まれており、徐に取り出されてくる。次から次へとクローゼットから洋服以外のものが現れるのを見て、アキラがお腹を抱えて笑っていた。
「アキラは、二十四歳になるのね」
「私の倍だねー」
「うわ、本当だ!?」
ルーイの言葉に、驚愕の顔をしたアキラにみんなが笑う。ルーイは四番目の月に生まれている為、今年十二歳になった子だ。つまり一時的な差ではなく正しく十二歳の差。改めて考えて、アキラは苦笑いで首を捻った。
「ひと回りかぁ~」
「ん? ひとまわり?」
「ああ、うん、私の世界……いや私の国ではね」
十二という数字を一つの単位として考えることが多く、十二年という年の違いを「ひと回り違い」と呼ぶのだとアキラが説明した。時計の考え方は二つの世界でも共通している為、「時計の短針が一周するみたいなもので『ひと回り』だね」と言うと、みんなも「なるほど」と言って納得した。事実、十二支は円形で時計のように記されるものであるから、説明としては間違っていないのだろう。
ただ、十二支や、十干を含めた干支の考え方をアキラは説明しなかった。説明が大変であることや、由来などを彼女が説明できないこともあり、面倒だったのかもしれない。
何にせよアキラにとって、二度と触れることの無い文化だ。例え元の世界のことをどれだけ偽ろうと、誰もその真偽を知ることは無い。説明を省きながら、アキラはそんなことにも気付いているのだろう。一瞬だけ、寂しそうに視線を落としていた。
「アキラちゃんの世界って沢山の国があるって言ってたけど、その数だけ文化は全然違うの?」
不意にリコットがそう問い掛ける。思考が少し逸れていたアキラは、答える前に気を取り直すようにしてグラスを傾けた。
「んー、国交が多いところは文化もかなり似通ってたけど、やっぱり独自の文化を大切にしている国は多かったかな」
しかしやはり国の数が多い為、こんな回答はあくまでもアキラの『知る範囲では』に留まることも彼女は補足した。相変わらずリコットはアキラに元の世界の話を振る時、あまり躊躇をしない。他の面々は、その時のアキラの反応を見て、ようやく追加で疑問を投げることが出来る。
「血に厳しい国や種族もある?」
ラターシャらしい興味だ。この問いにもアキラは特に表情を変えず、飲み物を傾けながら軽く頷く。
「私の世界には人族しか居なかったけど、国で言うなら私の国は特に、他と比べたらめちゃくちゃ混じり者には冷たかったよ」
表情を変えたのは、女の子達の方だった。アキラの口から付いて出た言葉に、一瞬息を呑んだラターシャの隣で、ナディアがきゅっと眉を寄せる。
「混じり者なんて言い方をしないで」
怒ったような声でナディアがそう言うと、ようやくアキラは自らの失言に気付いて、パッと顔を上げてラターシャを見た。
「ごめん、ラタを悪く言う気は無かった」
「……うん、分かってる、大丈夫」
だけどラターシャは少し眉を下げている。そのような文化の中で生きていたのならアキラにとっても『混じり者』はついそう呼んでしまうくらい、少なからず根柢に嫌悪があるのではないかと思ったせいだ。みんなが気遣わしげにラターシャを見つめていて、アキラは降参するみたいに両手を上げる。
「本当にごめん。違うんだ、私が『混じり者』なんだよ、だから今のは自虐だった」
「え?」
アキラはこれを告げるつもりは無かったのかもしれない。もしくは別の機会に言うつもりだったのか。しかし彼女がこれを明かした瞬間、先程の彼女の言葉は、まるで意味が変わった。
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