第185話_昼寝
「アキラちゃーん、これちょっと小さい」
「あれ、本当だ」
「ルーイ、慣れるのが早いね……」
テーブルの魔法石を並べて遊んでいるルーイに、恐怖心を払拭するのが早すぎるとラターシャが苦笑いをする。アキラは小さいと指摘された魔法石を受け取ると、少し大きくしてから返した。アキラの魔力の塊である為、形を変えたり、大きさを変えたりすることも自在であるらしい。ルーイはそれを並べ直して、大きさが均一になったと喜んでいる。
「これがアキラの魔力なら、いざという時、回路に負担を掛けずに魔法を使えるのではないの?」
「……そう言えば、そうだね。出来そう」
ナディアの言葉に、アキラはちょっと考える顔をして天井を仰ぐ。その手からまた新しい魔法石が転がってきたので、油断していたナディアが軽く肩を跳ねさせて耳をぴんと後ろに向けていた。ちょっと怖かったらしい。
「再生みたいな高位魔法も、石で補助すれば少ない反動で使えるか……?」
独り言のようにそう呟くアキラ。滅多なことで再生魔法は使わないでほしいと思う女の子達だが、緊急と判断して使った場合、直後にアキラが倒れてしまったら緊急という状況が更に危うくなる可能性もある。回避策を立てておくのは良いことに思えた。そのせいでアキラが無茶な魔法の使い方をするようにならなければ、という前提で。
「無茶はしないでね?」
湧き上がった不安を胸に、ラターシャが眉を下げてそう言うと、思案中だったアキラは目を瞬き、直後、ふっと柔らかく笑う。
「分かってる。ありがとう」
そうして返す声があまりに優しいから、ラターシャは安心してしまうのだ。喉元を過ぎればまたきっとアキラは無茶をするに違いないのに。
そこで思考を止めたアキラは冷めてしまったお茶を傾けながら、テーブルに並ぶ石へと視線を滑らせる。
「あと二つくらいかな」
どうやら今のは石を数えていたようだ。カップを置いてそう呟いていた。
「魔力が枯渇しちゃいそう?」
「まさかぁ。十分の一も減ってないよ」
「嘘でしょ……」
自然災害でしか作られないような代物が、テーブルには十三個も転がっている。午前中とお昼過ぎは浴室に籠って何か魔法の実験していたこともあって、既に魔力は幾らか消費しているはずなのに。
「でも、あんまり使ってるとねぇ、ちょっと眠くなる。あと二つ作ったらよく眠れそう」
「眠気の問題なのね」
初めて魔法石を作った時には非効率な魔力の籠め方をしてしまったことで一つだけでもかなり魔力を消費し、直後にぐっすりと眠ってしまったアキラだが、今はもうどんどん手慣れてきて、無駄なく作れるようになっていると言う。しかし一つの生成でも比類ない力だ。どう転んでも途轍もない。
そして宣言通り、二つをテーブルに転がしたらすぐにアキラは自分のベッドに寝そべった。女の子達が転がされたままの魔法石を突いて遊んでいる内に、いつの間にか眠りに就いている。気付いたラターシャが、優しくその身体にブランケットを掛けてやっていた。
「寝ない時は全然寝ないけど、寝る時はずっと寝てるよね、アキラちゃん」
例えば馬車で町の外を移動している場合には、彼女はいつも最後に寝て、最初に起きている。移動中もずっと馭者をしている為に眠ることなど有り得ないし、昼休憩時にもほとんど昼寝をする様子は無い。それでも、彼女が不調を見せることは一度も無かった。町中で過ごす時にも起きている時はいつ寝ているのか不思議になるほど眠らない。しかし、寝る時はずっと寝ている。よくそんなにいつまでも眠れるものだと感心するほどに眠る。
「それがこの人の、健康の秘訣なんでしょう」
半ば呆れたようにそう呟くナディアの声が、少し疲れていた。その横顔を、ルーイがじっと見上げる。
「ナディアお姉ちゃんも少し眠っておいたら? 夜はアキラちゃんの相手だし」
「あー、その方が良いかもね。ナディ姉はそもそも普段から眠りが浅いもん。アキラちゃんが静かな内に寝ちゃいなよ」
「アキラちゃんの扱い……」
まるで子育て中の母親に掛けるような言葉だと苦笑いしているラターシャも、結局、フォローの言葉は出てきそうにない。
ナディアは本当に少し疲れていたのか、数秒間ほど考えた後で「それもそうね」と言い、彼女も楽な服に着替えて隣のベッドで丸くなった。
先程もリコットが言ったが、ナディアは元々、眠りの浅い人だ。小さな音でも起きてしまう。そんな彼女をゆっくり寝かせてやろうと思うなら、みんなが部屋を出てしまうのが一番だろう。けれどそうなるとアキラと二人にすることになり、もしもアキラが先に目を覚ました場合、アキラを見張る者が居なくなる。軽く視線を合わせた後、三人はそのまま静かに部屋に留まることにした。三人が囲むテーブルにはアキラが残した魔法石と、それぞれが読書の為に取り出した本と、一枚の紙。
『二人が揃って昼寝してる光景って、ちょっと面白いよね』
『分かる』
『可愛いね』
彼女達は読書の合間に、時々そんな筆談をしていた。
なお、この紙はナディアがアキラより少し早く目覚める頃にはリコットの収納空間へと隠され、二人がその内容を知ることは無かった。
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