第184話

 ナディアは五感が鋭いせいか眠りが浅い。アキラは目覚めても彼女を起こさぬようにとじっとしていたにも拘らず、朝日に反応したか、もしくはアキラが目覚めた気配を感じ取ったか。いつもより少し早く目を覚ましてしまった。ただ、起きるのは億劫そうだ。眠気が勝っているらしい。眉を寄せ、アキラの腕から逃れようともしない。そんな彼女を二度寝させようとでもするようにアキラが柔らかくその背を撫でるものだから、ナディアからすれば余計に眠い。眠気に負けて微睡んでいれば、結局は残りの三人の方が先に起きてしまった。

 悔しくもアキラの腕の中で心地の良い眠りを得ていたナディアは、妹達がもう起きている気配に、仕方なく起き上がる。

「まだ眠いなら、無理しなくて良いのに」

「……大丈夫よ」

 強がりを零すが、目はあんまり開いていない。そしてアキラが楽しそうに笑みを深めているのを見る限り、『嘘』のタグが出ているに違いない。三人もそんなナディアの姿に、口元だけで笑っていた。

 何とか覚醒したナディアがようやくベッドを下りようとしたところで、何故か後ろから腰を捕まえたアキラが再び彼女をベッドの中へと引き込む。ナディアは咄嗟のことに驚いて抵抗し損ね、あっさりとまたベッドに横になる形になってしまった。

「ちょっと、アキラ」

 低く唸るように背中へ文句を投げるものの、ナディアの背に顔を埋めたアキラは両腕でがっちりと彼女の身体をホールドしてしまっている。純粋な腕力で敵わないナディアは、言葉で訴えることしかできない。

「離しなさい、アキラ。二度寝なら一人でして」

「ナディ」

「なに」

「今日、一緒に寝よ」

 言葉の意味を汲み取るまで、ナディアは一拍を置いた。そして一瞬、部屋の三人と目を合わせた。

「……それは『外泊』のこと?」

 昨夜も一緒に寝ていたはずだ。けれどアキラは「今日」と言わなかったし、「添い寝」とも言わなかった。そう考えて問い返す言葉に、アキラが「うん」と答える。

 肯定を受けて、またナディアは三人に視線を向けた。彼女らは今、目を合わせるだけで一つの考えを共有していた。

 これは、予想外ではあるものの、好都合かもしれない。

 アキラの誕生日祝いは日付が変わった時点ではなく明日の朝以降に行う予定をしているし、ナディアと夜を過ごすのであればアキラは決して無理な夜更かしを求めない。そして何より、明日の朝も間違いなくアキラを部屋へと連れて帰って来られる。

 ナディアは小さく頷いた。アキラにではなく、三人へ。

「分かったから。もう離して。夕食はみんなと一緒で良いんでしょう」

「うん」

 了承を得たアキラがぱっと明るく笑いながらナディアを解放する。ナディアはほっと息を吐いて、その腕から逃れ、ベッドを抜け出した。安堵したのは拘束から逃れることが出来たせいではないが、そんなことは流石のアキラにも伝わることは無かった。

「――あれ、アキラちゃん。今日は早かったね。もう良いの?」

 午後。リコットの問いに、アキラは笑いながら頷いた。朝食後にも昼食後にも彼女は浴室に入ってしまっていたので、次はいつ出てくるのやらと思っていたのだが、今日はどちらも一時間程度。そしてその後はずっとテーブルに座ってお茶を傾けながら、魔法石を作っている。曰く、魔法石の生成は「大きな反動無く身体を魔力に慣れさせるのに丁度いい」作業らしい。

 しかし、魔法石が一つ、二つとテーブルの上に無造作に転がされるのは、見ていると怖い光景だ。魔法石とは「高濃度すぎて実体化した魔力」なのだから、何かを切っ掛けに暴発するのではないかと身体が竦むのが普通の感覚だろう。若干、及び腰になっている四人にアキラが首を傾けたタイミングでみんながその懸念を告げれば、アキラもまた首を傾けた。

「術を入れなきゃ魔法石は使えないし、『ついうっかり』って入るようなシンプルなものじゃないから、大丈夫だよ」

 曰く、魔法石を利用するにはその内側または外側に魔法陣を描く必要がある。無造作に入ってしまった傷が魔法陣として効力を持ったとしても、そこに正しい手順で魔力を籠めてトリガーを引く必要もあり、偶然に発動するのは天文学的な確率になるとアキラは説明した。

 そしてその魔法陣の一部には必ず、『魔法石の凝固状態を解く』という命令が組み込まれていなければならないらしい。それが無ければ、どれだけ正しく魔法陣を描いたとしても何も発動しない。

「魔法石ってのは、そんなに緩い状態じゃないんだ。確かに膨大な魔力は持っているんだけど、簡単には使えないんだよね。使い方を知らない人には本当にただの石でしかない」

 アキラの説明を聞いたルーイは徐に自分の守護石を取り出すと、光に透かして目を凝らす。

「うーん、でもこれには、何も入ってないよね」

 今作られたばかりの黒い魔法石ならともかく、彼女らに与えられた守護石は色が付いているとは言え、透き通っている。外は勿論、中に入れられても魔法陣は見えるはずだ。アキラがその指摘に笑いながら頷いた。

「これは例外。この間、魔力を浸透させて水や火を操る練習をしたでしょ? それが自分の魔力なら、更に自由に出来るって想像しやすいと思う。この魔法石、私だけはわざわざ陣を『刻む』必要は無いんだ」

 何をさせたいかを明確にイメージした『思考』を事前に石へと籠めておく。魔法石として生成した後からでも良い。そこへトリガーを与えれば、魔法陣と同様に『術』として発動するのだ。

「は~なるほど」

「刻む方法と違って、入れた後には変えられないけどね」

 つまり基本通りの方法で石に魔法陣を刻んで発動しているものは、模様維持の機能が入っていなければ削ったり割ったりするだけで解除できるし、入っていれば魔力制御を奪ってから模様を消せば解除できる。その後は改めて魔法陣を刻んで、再利用することも可能なのだ。しかしアキラのように『思考』という形の無いもので術を入れていると覆す条件が無い。術を解除するには魔法石そのものを霧散させる必要があり、そうすると消えてなくなってしまう為、再利用も不可能だ。

「とにかく、この黒い石は怖くないよ。おはじきして遊ぶ? いっぱい出そうか?」

「要らないよ! 大丈夫って分かってても怖いから! おはじきって何か知らないけど雑に扱うつもりなのは分かるよ!」

 徐に収納空間を開いたアキラをリコットが慌てて制止すると、止められるのを分かっていた様子でアキラが楽しそうに笑った。察しが良いところもツボに入ったらしく、楽しそうだ。

「大体、こんなに作ってどうするの? 今で何個くらい?」

「えー、分かんない。数えてくれるなら全部出すけど~」

「出さないでってば!」

 普段は揶揄う側のリコットが完全に遊ばれている。その様子がナディアから見ても愛らしく見えるのか、今回ばかりは全く諫める様子は無く目尻を下げて俯いていた。笑いを堪えているらしい。リコットが不満気にナディアを睨んだ。

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