第178話_贈り物

 少し戸惑った様子を見せてから、カンナの視線が彷徨って、私の目を見なくなってしまった。だけど何かを言いたげに小さく唇を開閉していたので、黙って動きを待つ。ようやくカンナが続きを口にしたのは、二分後くらいのこと。

「女性らは、その、……侍女やメイドのように、アキラ様へお仕えしているのでしょうか」

「えぇ? いやいや、全然。単に私が保護者になってるだけ。自分のことは自分でしてるよ」

 夜の相手は時々してもらっているけど、別にそれも強要はしてないし、私の庇護下だからって応じてくれているわけじゃないと思う。多分。だってどんなにねだってもお風呂には一緒に入ってくれない。添い寝すら、嫌だと思った時は断られているのだから。

 後半は愚痴みたいになっちゃったけど、だらだらとそう答える間、カンナは再び、じっと私の顔を見つめていた。

「答えになった?」

「はい、ありがとうございます」

 結局カンナは何が知りたかったんだろうか。私を見つめてくる真剣な目。彼女がまだ何かを言おうとしている気がして、視線を逸らさずに続きを待った。

「その、これは、質問ではないのですが」

「うん」

 今日のカンナは自分から沢山の話をしてくれて、それがすごく可愛い。次は何を言い出すのかと、何処かわくわくしていた。

「もしもいつか、アキラ様が必要とされる日があれば。私を侍女として仕えさせて頂けないでしょうか」

 これはまた。予想外のものが来たなぁ。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまったのが分かる。思わず何度も、目を瞬いた。

「……例えば、私が自分の屋敷を持った時とか、かな?」

「はい」

 侍女。そういえば公爵位は貰っていたけれど、そんなことは全く考えていなかったなぁ。

 しかし彼女を侍女にするということは、彼女は侍女を辞めることになる。そう思うと、一気に不可解になった。さっき、その話をしたばかりだ。

「カンナは『王宮の侍女』として働くのが夢だったんじゃないの?」

 それを捨てても良いと思うだけの理由は何なのだろう。これは彼女を責めるつもりの問いではない。だけどカンナは少し、ばつが悪そうな顔で視線を落とした。

「……最初は、そうでした。そして今でも、王宮の侍女であることは私の誇りです」

 彼女から間違いなく伸びてくる『本当』のタグ。余計に、彼女の本心が私には分からない。

「ですが王宮という場にこだわらずとも、誇りを持って働くことが、私の喜びであり、望みなのです」

 彼女は再び顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめた。タグが『本当』と出しているのを見るよりも先に、それが本音であることが伝わってくるような強い瞳だ。彼女の言葉に少しも偽りはない。最初からずっと。

 だけど考えてみれば今の『救世主』は唯一無二で私だし、歴史的には数百年に一度しか存在しなくて、王様より偉い。つまり『救世主の侍女』ってのは王宮の侍女より遥かに上の名誉なのかもしれないな。

 それに冷静になって考えてみると、理由なんて私にはどうでもいいね。だって彼女の望みの源泉がどうあれ、その提案は私にとってただただ役得だ。

 私を見つめるカンナが、彼女にしてはやや不安そうに反応を待っている。そんな表情が可愛らしくて、私の目尻が自然と下がった。

「カンナが私の侍女か。それは良いね。君の淹れたお茶がいつでも飲める」

 私の言葉に、カンナの目がぱっと大きく開かれ、瞳が少しきらきらした。可愛い。そんな顔もするんだね。動いたのは目だけだったものの、カンナであることを思えばすごく感情的な表情だった。

「では……」

「うん、いいよ。いつか君を侍女として私の傍に置く。時期は、まだ約束できないけどさ」

 今は屋敷も何も、持っていないからね。でもスラン村に家を建てて、住める状態に整えたら。その時は本当にカンナを王様から奪い取ってしまおうと思った。無断で攫ったら怒るだろうが、正式に引き抜けば、まあ、大丈夫でしょ。

「構いません。いつまでも、私はお待ちしています」

 可愛いなぁ、本当に。侍女としての将来の話をしている子に申し訳ないが、抱き寄せて額に口付けを落とす。

「あ、そうだ。じゃあカンナ、君に一つ、贈り物をしよう」

 思い付いたら即、行動。

 カンナが腕の中で首を傾げているのを横目に、私は収納空間から守護石用の魔法石を取り出した。

「これは……」

「魔法石。私の魔力で作ったものだよ。これで君の守護石を作る」

 守護石というのが何かを簡単に説明すると、カンナは見る見る内に、動揺し始めた。相変わらず表情はあんまり変わってないけれど、目がおろおろしている。こうして見るとこの子って目が雄弁かもしれない。

「このような貴重な物、私……」

 遠慮しているらしい。常に控え目でいじらしいな。宥めるように頭を何度も撫でた。

「いつか迎えに行くって約束だよ。待っていてくれるなら、受け取ってほしい」

 そのように言えば、私と石を何度も見比べて躊躇いつつも、最後には差し出した石をそっと受け取ってくれた。善は急げだ。ベッド脇にある小さなランプを灯し、彼女に石を握らせたままで一緒に起き上がってベッドに座る。

 手順を説明しながら針を出しても、カンナはあまり怯えなかった。従順なままのカンナで、一滴の血をくれた。勿論、即座に治癒をして傷一つ残さない。

「眩しくなるから、目に気を付けてね」

 彼女の手も石と一緒に握り締めて、対象契約コントラクトを発動。眩い光が止み、手を退けたら。それは美しく透き通った桃色の石に変わっていた。

「君に似合う、美しくって可愛い色だね」

 カンナは何も答えず、手の中の石を見つめている。目はきらきらとしたままで、目尻と耳が赤い。可愛い。熱を持った頬にそっと触れたら、はっとした様子で顔を上げた。

「あ、の、申し訳ございません、あまりに美しくて、見蕩れてしまいました」

「ううん。気に入ってくれたなら良かった。ちょっと待ってね」

 収納空間から取り出した工具と金具と革紐で、今まで同様にネックレスに加工する。そして私の手で彼女の首へとそれを掛けた。

「いつか私の侍女になってね。約束だよ」

「……はい」

 頷いてくれる様も、嬉しそうに守護石を見つめる表情も、全部が本当に可愛い。思わず引き寄せて口付ける。こんなことをすると、何だか違う誓いでも立てているみたいだね。

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