第177話_質問

 カンナの目には微かに疲れが宿っているけれど、眠気を堪えている様子は無い。彼女はじっと私を見上げた後、ちょっと躊躇うみたいに視線を揺らしてから、口を開く。

「お伝えするのが遅れましたが……お手紙、ありがとうございました」

 あぁ、そのこと。あまりに予想外の話題に、思わず「ふふ」と声が漏れた。

「カンナは律儀だね。どういたしまして。前は本当に、具合は悪くならなかったのかな」

「はい、全く」

 それは良かった。本当に心配していたんだよね。

 私がこの世界に来て抱いた子は、カンナを除けば全員が玄人だ。もしくは元・玄人。だから抱かれ慣れているし、むしろ私より無茶な抱き方をする人の相手の方がずっと慣れているだろう。良いことじゃないけどね。何にせよ、私がちょっと執拗に抱いたくらいじゃケロッとしている子ばかり。

 でもカンナはそうじゃない。初めてではなかったらしいものの、あの夜は酷く緊張していたし、触れた感じから言っても慣れるほどは抱かれていない。精々、一人や二人、片手で数えられる程度の経験だろう。もしかしたら一回だけ、って可能性もある。だから余計に心配だった。少し長い夜だったから。何にせよ私が悪いんだが。

 聞いたところ、カンナは当日と翌日については侍女の仕事はお休みだったらしく、それ以降も侍女長を含め周りがとても気を遣ってくれたようで、辛いことは何も無かったと言った。本当のタグを横目に、ホッと胸を撫で下ろす。

「これは別に、答えなくてもいいんだけどさ」

「はい」

 私の前置きに、カンナが少し首を傾ける。腕の中でそれをされるのはとても可愛いからね、気を付けてね。

「前の彼氏とは長く付き合っていたの?」

 本当、趣味の悪い質問だと思う。普通なら不快そうにするか、困った顔になってしまう問いだと分かっていた。そう思うと前置きも、結構ズルいよね。

「……何をもって長いとするかは、分かりませんが」

 だけどカンナはどちらの顔もしなかった。敢えて言うなら『困った顔』だったが、問われたことによる戸惑いじゃなくて、回答が難しいと思っている方の顔だ。しかも妙に生真面目な回答が愛らしい。確かに、長いとか短いって、主観だよね。

「期間は、半年ほどです。しかしお会いした回数はそんなに多くはありません。体裁もございますので」

 なるほど。具体的なことは分からないが、四六時中を一緒に過ごしたり、しょっちゅうデートに出掛けたりするようなことを、貴族様はしないらしい。少しの好意を含めた礼儀正しい文を交わし合い、月に一度か二度、お茶に出掛けて、健全に夕方に帰る――。基本的にはそんなお付き合いだったそうだ。

 確かにその頻度なら、半年は短かったのかもしれない。結局その彼と行為があったのは共に舞踏会に参加していた夜に一度だけだと言う。

「舞踏会か~。カンナもダンスを踊るの?」

「はい、貴族としては、教養の一つですので」

「そっかぁ。うーん、見てみたいけど、君が男と密着しているのは、問答無用で腹が立ちそうだなぁ」

 私の言葉にカンナが目を瞬く。可愛い。少し照れた顔を見せた後で「そこまで密着することはありません」と小さく言った。まあ、私も元の世界で社交ダンスくらいは経験がある。こっちのダンスがどうかは知らないが、確かに、終始密着しているような状態ではない。だけど、うーん、それでも嫌だねぇ。

「腰に触れてるだけで、気に障るよ」

「……それは」

 一番どうしようもないことだ。くすくすと笑えば、揶揄われていると思ったのか、一層カンナが困った様子で眉を下げた。

「ごめんごめん。私にとってカンナがそれだけ可愛いってことだよ。……前の男の話なんて、ベッドで聞くことじゃないのは分かっているけど。気を悪くしていない?」

「いいえ。もう、二年ほど前のことです」

 それが『前の彼氏』なら、他に経験は無いのかな。いや、こんな探りもやっぱり無粋だな。

「アキラ様、その……私も、ご質問をしても宜しいでしょうか」

 少し思考をしていたところに徐に向けられた言葉に、目を瞬く。

「私個人の『好奇心』に近く、国王陛下からの命ではございません、が……」

 短い沈黙をどう受け止めたのか、カンナがやや慌てた様子でそう続けたので、可愛くて思わず笑みが漏れた。

「いいよ、むしろ君個人からの問いなら幾らでも。だけど王様には、内緒に出来る?」

「はい。アキラ様の御命令であれば」

 迷い無く言い切ったなぁ。『本当』のタグが出ている。いやこの国の救世主信仰を思えばそれも妥当なのかもしれないな。王様より私、偉いみたいだし。

 何にせよ答えられない質問なら、答えられないって言うだけだ。カンナから質問されることを無礼だなんて断じたりはしない。いいよ、と促したら、彼女は軽く頷いた。

「アキラ様は、麻薬組織から女性らをお救いになって、その後、保護されているとお聞きしました。今も一緒に過ごされているのですか?」

「おぉ」

 意外な質問だったので変な声が出た。確かにこの質問は、「王様からの命令じゃない」って事前に言われてなかったら、勘繰かんぐっちゃうやつだね。とは言えカンナが問い掛けてくるにも違和感があるものだが――、彼女の言葉が嘘でないことも分かっているし、戸惑いの声にカンナが不安に思わぬように、あまり間を空けずに微笑みながら答える。

「うん、いつも一緒に居るよ」

 私の回答に、カンナは何やら複雑な感情を目に宿した。何だろう。落胆、か?

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